8.世田谷道場

起こった不思議な出来事を、私はすぐに兄に話した。
「そういうことはオウムの大師に聞いた方がいい」
そう言って、兄は成就者との面談の約束を取り、私は一緒にオウム真理教東京道場に行くことになった。
新宿駅で待ち合わせ、京王線に乗り、下高井戸で世田谷線に乗り換え、赤堤という小さな駅で降りた。駅から一分という近さにあるビルの二階の窓に「オウム真理教」という大きな文字が見える。昼間なのに窓には暗幕が下りていた。後でそれは道場での瞑想修行のために外光を遮断しているとわかった。
ビルに入ると、エレベーターの左手に濃い紫色で「オウム真理教」という文字と梵字のマークが書かれたドアがあった。兄は慣れた様子でドアを開けた。
入るとなかは意外に明るかった。白い布をかけた受付用の長テーブルがあり、そこに置かれたカセットデッキから、軽快で少し単調な音楽が流れている。かすかに甘い花のような果物のような香りがしていた。
受付の向こうは通路を隔てて白いカーテンで仕切られている。右手のドアには「コース中」と手書きされたボードがピンでつり下げられていた。なにもかも手作りで、洗練されたもの、高級なもの、洒落たものはひとつもなかった。
「すいません」と兄が声をかけると、カーテンの向こうから「はーい」という明るい声がして、出てきたのは長い髪を一つに結び、ゆったりとした白い制服らしきものを着た化粧気のない若い女性だった。カーテンの向こうは事務所らしかった。
「大師に面談をお願いしているんですが」
「ああ、わかりました。二階の面談室に上がって待っていてください」
オウムの事務員――後に出家した弟子だとわかるが、その応対は自然で明るく、なんの気取りもなかった。
壁際に置かれた靴置きの棚には、若い人が多いのだろう、スニーカーばかりが並んでいた。
オウムの第一印象は、「質素」「明るい」「雑然とした」「気取らない」「センスなし」だった。
ビルの階段で二階に上がってドアを開けて入ると、そこは畳敷きのワンフロアだった。入って左側が正面らしく、大きな宗教画が掛けられていて、その下に宗教団体にしては無造作な白い布がかけられた祭壇があり、道場では二、三人が座禅を組んで本を読んでいた。
入り口近くの、パーテーションで仕切った三畳ほどの狭い部屋が面談室だった。
使い古された不揃いな二人掛けのソファと、小さなテーブルが窮屈に置かれ、奥にあるカラーボックスにはオウムの本が何冊か並べられていた。来客のために居心地良く、あるいは権威を示すためにしつらえた応接室ではなく、ただ会って話をするためのスペースのようだった。
兄と並んで座って待っていると、ドアが開いてインド風の白い服を着た小柄な女性がすっと入ってきて向かいのソファに腰掛けた。
「シャンティです」
そう言って、軽く会釈をした。
「日本人の顔なのに、シャンティって名前は、とっても変だな…」
雑誌で読んではいたが、実際に名のられると違和感をおぼえた。
しかし、ここではだれもかれもそう呼んでいるから、すぐに慣れてしまう。それどころか、修行をはじめて、解脱・悟りが目標になると、いつか成就したら自分はどんなホーリーネームがもらえのかなあと、密かに期待する気持ちにもなった。「郷に入れば郷に従え」ではなく、「郷に入れば郷に従っていく」のが人間なのだろう。



2015年02月27日

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