76.憎むことができない

事件後、修行を進めるイニシエーションだと信じて受けたものが、実はサクラー正悟師との関わりで、仮谷さん事件に知らぬ間に関係した私の記憶を消すための処置(ニューナルコ)だったことを知った。(*)そのとき私は、はじめてオウムにひどく裏切られたような深い痛みを一瞬感じた。イニシエーションだと信じて受けたものが、薬物を使い電気ショックを与えて都合の悪い記憶を消すための処置だった――この非人道的な行いに対して感じた怒りが、教祖に向かいそうになった。
しかし次の瞬間、
「人の記憶を都合良く消せるだなんて、法皇官房の学生上がりの頭でっかちが考えそうなことだ」
教祖に向きかけた否定的な感情を、私は瞬時にイニシエーション全体を担当していた法皇官房の実質的責任者のI君(東京大学医学部を休学して出家)に向け変えたことをよく覚えている。
後に、坂本弁護士一家の遺体が、岡﨑死刑囚(マハー・アングリマーラ大師)の証言どおり発見されたことを報じる新聞の一面記事を見たとき、顔見知りの六人が坂本弁護士一家を殺害したこと、罪もない子どもをも殺したのだと確信したときも、私はその場で吐き気をもよおしはしたがオウムと教祖を憎まなかった。やがてオウムの犯罪が次々と明るみに出てくると、私は残虐な犯罪行為の事実があったことを認めながらも、その詳細については「今はまだ知ってはいけない」と思った。残忍な犯罪行為をリアルに知れば、感覚的・感情的に耐えられずオウムのすべてを、とりわけ教祖を拒絶するに決まっている。
私は感覚的・感情的にオウムを憎み否定することはどうしても避けたかった。なぜなら、私の中の崇高なものとオウムが結びついていたからだ。私の内側からやってくるなにかーー神秘的なヴィジョンや内的な光はオウムと密接で分かちがたかった。オウムを否定することは、私の内なるなにかを否定してしまう。そう感じるからできないし、また、そうしてはいけないように思った。私は漠然と、自分の内的体験と現実のオウムとを薄皮をはがすようにゆっくりと慎重に分けていかなければならないと感じていた。

クリシュナナンダ師(林郁夫受刑囚)の著書『私とオウム』によれば、ニューナルコは「記憶を消す方法を考えろ。記憶も煩悩だ」という教祖の指示のもとクリシュナナンダ師が発案したもので、チオペンタールという麻酔薬と電気ショックを使って記憶を消すものだった。法皇官房のI君が主導して行ったのは、同じチオペンタールを使ってはいるものの「ルドラチャクリン」という別のイニシエーションで、私が怒りを教祖からI君にすり替えたのはまったくの見当違いだった。私のこの心理的なすり替えは、彼に代表される学生から出家した若い男性サマナに対する懸念からだろう。彼らは頭脳明晰で、観念的すぎて、現実感に乏しく、純粋で、狂信的になりやすかった。
また、記憶が消されたことについて、とりあえず不都合はないと書いたがそう単純でないこともつけ加えておきたい。記憶がないことを自覚することは非常に困難で、過去を思い出す機会があったとき、自分にはまったくその記憶がないことがぼんやりとわかる。そして、いったいどのくらい自分の記憶が失われているのかと考えるとき、大きな空白を抱えているような不安が立ち上がってくる。それは、ところどころごっそり剥げ落ちて、下地の白色がむき出しになった傷ついた絵画に似ている。ニューナルコの後遺症は思っている以上に重いのかもしれない。

*私と同じように目的を知らずに仮谷さん事件にかかわってしまった支部のサマナ――ワゴン車を借りてきた、毛布を貸した、住民票を取ったなどの記憶を消すために多数受けさせられた。




2015年08月18日

コメント

No title

複雑だねえ。

まさにドラマの主人公みたいだけど、実際にそうなってみないと理解出来そうに無いね。
  • | 2015-08-18 | 元R師 URL [ 編集 ]

No title

「都合の悪い記憶を消すための処置だった」とするなら、教祖が言ったとされる「記憶も煩悩だ」という言葉についてはどうお考えになりますか?

 ここまで読んできて、あなたは教祖のとった行動については否定されていないように思える。どうでしょうか? 先走って感想を述べてしまったが、やはり続きの連載を待つことにします。

>オウムを否定することは、私の内なるなにかを否定してしまう。そう感じるからできないし、また、そうしてはいけないように思った。

そのくだりを理解するには、あなたの関わってきた宗教なり組織なりを分からないと理解できないように思います。差支えない範囲で、その辺も記載いただければと思います。
  • | 2015-08-18 | 匿名 URL [ 編集 ]

No title

レコードにあぶらをかけると 違う風情になりそう

富士宮までいっても曇ってると富士山は見えない
  • | 2015-08-19 | 三橋 URL [ 編集 ]

Re: No title

> 「都合の悪い記憶を消すための処置だった」とするなら、教祖が言ったとされる「記憶も煩悩だ」という言葉についてはどうお考えになりますか?

「記憶も煩悩だ」という教祖の言葉については、意識の消滅(煩悩滅尽)を目指している教祖の宗教世界の中では、そういう考えが成り立ってもおかしくはないと私は思います(過去・現在・未来という時間さえない意識の状態を目指しているのですから)。
「記憶も煩悩だ」ということを、私自身どう思うかについては「わからない」と答えます。そうかもしれないし、そうでないかもしれません。

>  ここまで読んできて、あなたは教祖のとった行動については否定されていないように思える。

ニューナルコに関していうなら、教祖のやったこと(行動)は「記憶も煩悩だ。記憶を消す方法を考えろ」とクリシュナナンダ師に指示したことです。
それを受けて、おそらくクリシュナナンダ師は記憶を消す方法を彼の専門性をもって調べあげ、考え、具体的な方法を提案したでしょう。
そして、おそらくクリシュナナンダ師の提案を聞いた教祖は「それでいこう」というようなことを言ったでしょう。
もし匿名さんが「行動」を問題とするなら、行動のほとんどすべてはクリシュナナンダ師に代表される弟子がやっているのです。教祖には「煩悩を滅尽することが人間の本当の幸福だ」という強い「思い」があり、「記憶も煩悩だ。記憶を消す方法を考えろ」と「言葉」で指示します。
ですから、クリシュナナンダ師はそんな方法を提案するべきではなかったし、もちろんニューナルコを実施するべきではなかったと思います。(今の私はそう思うということです)
教祖についてどう考えるかは、おっしゃるとおり、今後の連載を読んでいただきたく思います。
  • | 2015-08-19 | 元TD URL [ 編集 ]

Re:Re: No title

>もし匿名さんが「行動」を問題とするなら

しかし、教祖は「それでいこう」というようなことを言ったのでしょう。だとすると、指弾するとするなら、その対象はやはり教祖になると思いますが。。それが普通の人の考え方だと思うのですが。。一度は帰依した相手との関係を傷つけたくない気持ちは分かりますが、、ということなのかどうか、、いえ、また先走ってしまいました。済みません。
  • | 2015-08-19 | 匿名 URL [ 編集 ]

No title

消す記憶は選べないですよね?だとしたら修行の為に記憶したこと、瞑想の方法や瞑想の体験や経典や講和の内容など有益とされる記憶まで消えたということはありませんでしたか?
  • | 2015-08-20 | 魔人です URL [ 編集 ]

コピペ

密教僧の治療法


密教僧も相手の世界観の中に入って、相手の潜在意識(カルマ)を操作する。

その際に相手の知らない、多様な印や真言を駆使することで、
相手の世界観に取り込まれることを排除できるのだ。

相手を操作する道具は「氣と意念とコトバ」だ。

その際のこちらに戻る道具(トーテム)が、手に馴染んだ密教法具なのだ。

古神道では一定の音に意識をあわせて、現世に戻ってくる行法がある。
  • | 2015-08-20 | 三橋 URL [ 編集 ]

Re: Re:Re: No title

> しかし、教祖は「それでいこう」というようなことを言ったのでしょう。だとすると、指弾するとするなら、その対象はやはり教祖になると思いますが。。それが普通の人の考え方だと思うのですが。。

普通ならそうですね。
私は弟子だった立場なので、普通の人のようには考えられませんけれど。
  • | 2015-08-20 | 元TD URL [ 編集 ]

Re: No title

> 消す記憶は選べないですよね?だとしたら修行の為に記憶したこと、瞑想の方法や瞑想の体験や経典や講和の内容など有益とされる記憶まで消えたということはありませんでしたか?

消したい記憶に電気ショックを与えてよみがえらないようにするのですから、選んで消していたつもりなのでしょう。
私の場合、肝心のそれは消えていませんでしたけど関係のない記憶が消えています。修行云々はありません。
  • | 2015-08-20 | 元TD URL [ 編集 ]
      

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