74.ヴァジラヤーナのノリ

一九九五年一月、クンダリニー・ヨーガの成就者以上が集められ「太陽寂静プロジェクト」(1)と呼ばれる企画が発表された。成就者全員がそれぞれ事業を立ち上げ、社員を雇い、社員を信徒にするという入信拡大を目的とした計画だった。
教祖は、成就者全員にどのような事業をやるかその場で考えるように言った。
会場は少しざわつき、みんな「うーん」と考え込んだ。
支部では、入信を増やすためにさまざまな取り組みが行われてきた。社会経験豊富な在家信徒と協力して、会社をおこして社員を募集し、研修といってセミナーを開き、有望な人材を入信に導くことも少しやっていた。私は東京本部で入信活動にかかわることが多く、そういう取り組みの最後の入信案内を担当して感じたことは、サークルや会社から入信させるのはとても効率が悪いということだ。「カレー愛好会」や「占いクラブ」などのサークル活動ならそれほどお金もかからないが、事業をおこし、社員を募集し、収益も上げて入信させるとなると大変なことだ。私が担当していた信徒のKさんは、米国発祥の巨大なネットワークビジネスで大成功した人で、知り合いを百人以上入信させたという教団始まって以来の導きの達人だった。Kさんが次々と知り合いをたどって教団に導く様子を見ていると、信徒が知り合いを紹介していく導きが結局最も効率がよく確実だと思っていた。だから私は「太陽寂静プロジェクト」という企画に首をかしげざるをえなかった。

どんな事業をやるか順番に発表することになった。いきなりの話なので、みんなその場の思いつきを言うしかなかったが、グルの意思が起業と入信にあるのならそれを実践しようと、思いつきにすぎないことでも力強く「やります!」と宣言していた。
それがオウムのヴァジラヤーナ時代のノリだった。(2)
アーナンダ師がやるという結婚相談所なんてずいぶんたちの悪い冗談ではないかと思った。順番がまわってきたので私は正直に言った。
「そうですね、私がやれるとしたら編集プロダクションくらいでしょうか。ただ、編集者って本を読み過ぎてて頭でっかちですから、そういう人を入信に導くのは至難の業だと思います。ですから…うーん。どうなんだろう、やってもあまり…」
全員の企画発表のあと、会合の終わりが告げられ教祖が退席するとみな帰り支度をしていた。この頃のオウムには従来の活動以外に「秘密ワーク」と呼ばれるものがあり、その活動内容は当たり前のことだが秘密だった。しかし、その中心にいたアーナンダ師が「秘密ワークをしている」ということは誰もが知っていた。(彼はよく「秘密、秘密」と言っていた。それで本当に秘密といえるのだろうか?)
そのときアーナンダ師のかん高い大声が聞こえた。
「日本を、取るんや!」
「フリーメーソン」「戦い」「日本を取る」という言葉も断片的に聞こえてきた。普段からアーナンダ師は落ち着きのない早口な人だが、このときはいつにもまして興奮した口調だった。そして、もう一度「日本を、取るんや!」と雄たけびのような声を上げると、アーナンダ師と彼を取り巻いていた数人の男性の成就者たちは、ダダダッと足音を立てて脱兎のごとく走り去って行った。
「日本を取るってどういうこと?」
私にはさっぱりわからなかった。「日本を真理の国にする」という教勢拡大のキャッチフレーズならまだしも、「日本を取る」というのはオウムが日本を支配するということだ。教祖が元首にでもなり、この薄っぺらい木綿の白いクルタを着た成就者たちが各都道府県のトップに立つとでもいうの? 想像しても具体的なイメージはわかなかった。アーナンダ師とその周囲の数人の男性成就者たちは、本気で戦争でもしようとしているような雰囲気だったが、その他大勢の成就者たちは「また、アーナンダ師たちがなにかやっているな」と冷めた目で見ていた。

会合のあと青山道場に戻った私は、メッタジ師から軽蔑するような冷たい目でこう言われた。
「尊師が、あのときの発言にすごく怒っていた」
メッタジ師は帰依を身上とするグル一筋の成就者だった。メッタジ師の言外には「きみみたいな否定的な弟子はグルの意思から外れたヴァジラヤーナ失格者だ」という強いメッセージが感じられた。私は現実的な見通しに基づいた意見を述べたつもりだし、同じやるなら結果のでることがしたかった。だが、この頃のオウムでは、自己の見解を放棄してグルの意思にしたがうことがすべてという風潮が主流で、現実に基づいた「私の見解」など誰も求めていなかった。「私」という枠組みを破壊していくために、グルの指示に対して「はい!」と言って突っ込んでいってこそ修行だった。
私はメッタジ師の言葉に少し傷ついた気持ちがした。しかし、私の否定的な発言によって教祖が怒ったとしても、それはそれで仕方のないことだと思った。


(1)「太陽寂静」という言葉は、擬似国家の名称「太陽寂静国」にも使われている。この意味は、おそらく自我(エゴ・太陽)が寂静になる境地と関連していると思われるが、はっきりとはわからない。(ご存知の方がいたら教えてください)
(2)ヴァジラヤーナは「金剛乗」という意味。「ヒナヤーナ(小乗)」「マハーヤーナ(大乗)」「タントラヤーナ」「ヴァジラヤーナ(金剛乗)」という四乗の一つ。教祖はごく初期の頃から四乗について説いていた。ここでいうヴァジラヤーナ時代とは一九九四年頃からの教団をさしている。



2015年08月13日

コメント

KさんもTD師の担当だったんですね笑
コメントのやりとりを見て思ったのですが、信徒もサマナも信仰は自己責任なので、誰かに導かれたせい、はないと思います。私も、元信徒で元TD師にお世話になりましたが、今何かしてほしいとか思いません。元師の方に会って、謝られたこともあるのですが、こちらは何一つ嫌な事をされた記憶はなく、違和感を感じましたf^_^;) そんなわけで、気にせずブログを続けてもらいたいなあ、と思います^ ^
  • | 2015-08-14 | 尾崎 愛 URL [ 編集 ]

No title

なんだか オウムの立派なサティアンも 道場も どこか よそであったできごとのような感じですね。
  • | 2015-08-14 | 三橋 URL [ 編集 ]

No title

あ~あ、ここまで来ちゃったか、って感じだね。
  • | 2015-08-14 | 元R師 URL [ 編集 ]

Re: No title

> あ~あ、ここまで来ちゃったか、って感じだね。

ええ、これから元R師さんの未体験ゾーンに入ります。
元R師さんのブログに書かれる予定の1994年にオウムをやめるときの話、「まだかなあ」と待っていたところもあったんですよ。追い抜いちゃいましたね(笑)
  • | 2015-08-15 | 元TD URL [ 編集 ]
      

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