55.成就者となって

クンダリニー・ヨーガの成就者は「師」と呼ばれ、白いクルタ(インド風の宗教服)を着る。
オウムの修行者にとって、それはあこがれでありステータスだった。師になれば、サマナだったときの雑魚寝状態から専用スペースか個室が与えられ、ワークで必要ならば専用車を持つことができ、一つの部署のリーダーとなってサマナを管理するようにもなる。成就者に与えられるこのような特権は「利得と供養と名声」といわれて、一歩間違えば修行者にとって致命的な堕落へ通じる道であると教えられていた。

クンダリニー・ヨーガの成就者になってみて、私にも「成就」が実際どういうものなのかわかってきた。相手のことがなんでもわかる超能力者にはならなかったが、とにかくエネルギッシュになった。内側が熱で充実しているというのだろうか(修行用語ではツモが常時起きている状態)、クンダリニーが覚醒した人とそうでない人を、「原子力で動く車」と「ガソリンで動く車」ほど違うと聞いていたが、まさにそんな感じだった。
あるとき深夜に高速道路をノンストップで五時間運転して富士に戻ってきた私は、駐車場に車を止めると運転席のシートを倒してそのまま眠ってしまった。三月の富士はまだ寒く、夜明け前には零下ということも珍しくなかった。三十分ほど仮眠して目覚めてみると車の中は冷えきっていた。そのとき身に付けていたのは、綿のクルタに綿の靴下にサンダルだったのだが、気温が下がるほどに私の身体、特に一番冷えるはずの足先は炭が赤く燃えているときのように、深部からじわじわと不思議な熱を発していた。
また、支部で信徒さんの面談をしたあとのことだった。そのまま面談室で蓮華座を組んでいると意識がとんで、私は石がごろごろころがっている大きな河原にいた。さっきまで話をしていた信徒さんが、事故で壊れたような赤い乗用車から出てきて大きな川を歩いて渡ろうとするのが見えたので、「危ないですよ」と大声で呼びかけた。しかし、なぜか声は届かないようだった。次の日、その信徒さんが交通事故で亡くなったことを聞いた。
このように、成就によってエネルギッシュで超健康体になり霊感が鋭くなった。
日常的にはチャクラが感応した。人と対峙すると、下から二番目のチャクラから五番目のチャクラのどれかが痛むような反応があった。信徒さんと対応するときには、二番目のチャクラが痛めば「あなたは情の人ですね」「性欲で引っかかっていませんか」、四番目のチャクラが痛めば「あなたはプライドが高いですね」などとそのチャクラの特徴を言った。
それが本当にそういうことなのかどうか、正直に言うとわからない。
しかし、成就者と信徒さんとの関係においては、それはひとつの神秘力の表現として使われたし、ステージの下の者にしてみれば反論できないことだった。

成就してすぐに三百人規模の海外ツアーが行われ、私も取材のために参加することになった。チャーター機に乗り込むと、いつもどおりステージ順、成就順、出家順に座席に座った。古参の師が先頭で、最近成就した私たちが成就者の一番後ろだった。
そのとき、教祖が言った。
「正師を一番前にしなさい」
今回成就した「正師」が古参の師と交代して最前列に座った。信徒時代からあこがれていたアーナンダ師やシャンティー師より前に座ったのだ。そのときの気持ちを、私はとてもよく覚えている。陶酔というのだろうか「私はやった」「彼らより上だ」「私は正師だ」心の底から喜びがわいて、完全にプライドと高慢に陥り、師の最前列に座って世界の頂点に立ったような自分に酔いしれていた。
教祖はそうやって餌を投げては弟子たちの反応を見ていた。
こんな心の働きは、教祖でなくてもだれの目にも明らかだったと思う。正師が師より前に並ぶように言われたのは、それが最初で最後だった。「大師」が廃止されたように、やがて「正師」という称号もなくなった。

「私は成就者である」「私は上だ」と思った瞬間に落下する。成就してすぐに私は落下したのだと思う。ダラムサラで師の人格を疑った私だったが、師になったとたんに同じ穴のムジナになっていたのだ。
修行に入っているときは、エゴを抑さえ、煩悩を捨断し、グルや神々といった自分より高い存在を意識する。そういう状態でクンダリニーという原子力のようなエネルギーを使って、深い瞑想を体験していく。修行から出て自分より高い存在から意識を外した瞬間、強力なエネルギーは修行者のエゴを満足させる方向に無意識のうちに使われはじめる。分析心理学ではこの状態を「エゴ・インフレーション(自我肥大)」というが、オウムでは「魔境」といった。魔境とは修行者が無意識のうちに自分の煩悩を満たしていく状態だ。
成就、あるいは神秘体験には、このエゴ・インフレーション、魔境という状態が例外なくついてくる。それを理解していた修行者は当時どれくらいいただろうか。私はまったく理解していなかった。成就後しばらくはわからなかったが、やがて私は破滅に向かっていくことになる。
今振り返ってみれば、それは神秘世界を探求する利他心なき修行者、菩提心なき成就者に定められた運命だったと思う――


2015年05月13日

コメント

No title

説法士のときも同じような事があったね。
「同じ穴のムジナ」いいねえ。(笑)

怒涛の新展開の予感、ワクワク。
なんだけど、最近のコメントをサイドバーに表示するように設定を変更したほうがいいと思うよ。
  • | 2015-05-14 | 元R師 URL [ 編集 ]

Re: No title

> なんだけど、最近のコメントをサイドバーに表示するように設定を変更したほうがいいと思うよ。
ええ、それはやろうと思っているのですが、ちょっと時間がかかるかもしれません。
  • | 2015-05-14 | 元TD URL [ 編集 ]

Re: No title

みにろさん、こんにちは。
> 僕は事件後に尊師に導かれるように入信まで至った感じなんですが、そのあたりは元師の方からするとどうなんですか?

私にはわかりません。

> 元TD師の元には尊師の変化身来ませんでした?

来てませんよ(笑)
  • | 2015-05-16 | 元TD URL [ 編集 ]

初めまして

でも、ないです。
お元気で何よりですね。
わたしがよくお会いしていました、
APV師は、もうこの世の方ではなくなってしまいましたが。

実は、元TD師には、
事件前に世田谷道場でお会いしているんです。
しばらく、機関誌などを求めに通っているうちに、
入会することになりました。
その時、受付をされていたのが、元TD師だったんです。

APV師と、事件後にメールでやり取りを一度したことがありましたが、
その中で、
「(わたしに)出家を強要しなかったのが、良かったのかどうか分からない」
とお書きになっていました。
同様に、今のわたしは、
オウムと出会って、
「良かったのかどうか分からない」
ような状態になってしまいましたね。

  • | 2015-05-16 | yasu URL [ 編集 ]

Re: 初めまして

yasuさん、こんばんは。

APV師とは私も長いつき合いでした。私とは正反対の「絶対の信を持つ」素晴らしい修行者でしたね。

> 実は、元TD師には、
> 事件前に世田谷道場でお会いしているんです。

ぐぐ・・そうでしたか。当時はいろいろと失礼があったと思いますので、心臓が飛び出しそうです(苦笑)
これからその時代の暗い話に入っていきますが、今後ともよろしくお願いいたします。
  • | 2015-05-16 | 元TD URL [ 編集 ]

たぶん、お久しぶりです。かなあ? 98年に下板橋の池袋道場に通っていた元信徒です^ ^ つかず離れず、分裂騒動があるまで関わってました。TD師にも何度か説法していただいたり、阿佐ケ谷の図書館で一緒に導きをさせてもらった記憶があるんですが、違うかな? 何だか懐かしいです😊
  • | 2015-05-17 | 尾崎 愛 URL [ 編集 ]

Re: タイトルなし

尾崎 愛さま その節はお世話になりました。「昔あそこで、TD師と…」と言われると、ぐぐ…っと心臓が飛び出しそうになり、冷や汗が吹き出します。反省することの多い過去ですから…。
私も分裂騒動のときに脱会しました。2007年までの長い記録にお付き合いくだされば、うれしいです。
  • | 2015-05-17 | 元TD URL [ 編集 ]

No title

マハームドラー
アメリカの映画でSAWというのがあります。末期がんのジグソウという人が さまざまな人の業を治すために ゲームと呼ばれる仕掛け、セットをつくって 試練、課題を与えて、結果、業が治っていなければ最終的に死を迎えるというものです。
「多くのものは生に感謝しない。だが君は違うこれからは。」
  • | 2015-05-18 | KJ 三橋 URL [ 編集 ]
      

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する