5.出会い

一九八九年三月のある日、私の部屋にダンボール箱いっぱいの本が届いた。
送り主は三歳年上の兄で、荷物が届く前に一度電話があった。
「読んでみてくれ、とにかく読んでくれ。すごいんだよ。今後いっさい、おまえに頼みごとはしないからさ、だからオウムの書籍を読んでくれよ」
という押しつけに近い頼みだった。
箱に入っていたどの本の表紙にも、長く伸ばした髪とヒゲの男が載っていた。
「んー、これは、顔がダメかも…」
表紙の写真をながめればながめるほど、読む気はわいてこなかったが、一生に一度の頼みとまで言われれば、義理でぱらぱらと読んで送り返すしかなかった。
兄は、麻原彰晃という人物の著書『生死を超える』『イニシエーション』『マハーヤーナ・スートラ』の三冊を特に熱心に勧めた。
「おれは、ずっとさがしてきたんだよ。インドまで行ったよ。でも、インドに行かなくても日本でもできることがわかった。すごいよ、そこに書いてあることは」
興奮気味にそう話し、最後にこんなことを言った。
「これは本当にすごいからね。おれはオウムの本全部を友だちみんなに送ることにしたよ」
困ったものだ、というのがそのときの偽らざる感想だった。
高校生から下宿生活をしていた兄とはつきあいがなく、お互いにどんなものに関心があるのかも知らなかった。兄がいわゆる精神世界に興味があり、二十世紀最大の聖者といわれたラマナ・マハルシが瞑想修行をしたという、南インドのアルナーチャラという聖山をかつて訪ねたことも、そのとき私は知らなかった。

勧められた三冊を読んでみても、兄がそれほどまでに興奮する理由はわからなかった。キルケゴールやシモーヌ・ヴェイユを多少かじった私にとって、真実とは、難解で高尚で苦悩に満ちているはずだったから、麻原彰晃の平易な話し言葉で書かれている「真理」や宗教世界には、興味も関心ももてなかった。
「所詮、新興宗教でしょ」
そう思った。
箱には、たくさんの定期刊行物も入っていた。そのなかに『マハーヤーナ』という機関誌の創刊号から最新号までがそろっていて、表紙には麻原彰晃の弟子たちの写真も使われていた。写真の彼らはみな若く、質素な身なりで、表情には媚びるようなところがまったくなく、どこか特別な静けさのようなものがあった。
教祖の風貌に拒否感を抱いたこととは反対に、私は弟子たちに好印象をもった。


2015年02月24日

コメント

No title

アルナーチャラを訪ねるということはやはりお兄さんもシヴァ神と縁があったんですね。僕もAlephに入信する以前に、ラマナ・マハルシの弟子であるプンジャジ、そのお弟子さんであるという方のサットサン(説法会のようなもの)に行ったことが何度かあります。
ちなみにお兄さんはまだAlephにはいらっしゃったりするんですか?
  • | 2015-06-13 | Aleph信徒みにろ URL [ 編集 ]

Re: No title

> ちなみにお兄さんはまだAlephにはいらっしゃったりするんですか?
いいえ、いませんよ。
  • | 2015-06-13 | 元TD URL [ 編集 ]
      

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