43.ダラムサラ

はじめて撮影のワークで海外ツアーに参加したのは、ダライラマ法王に会うためにインドのダラムサラを訪れた旅だった。ダラムサラは、ネパールとの国境に近いチベット亡命政府のある町だ。オウムで最初の海外旅行だったこと、大変な旅行だったこと、クンダリニー・ヨーガの成就者に幻滅したことでよく覚えている。
成田空港からデリーに着くとまずホテルで一泊した。翌日は、チャーターしたバス二台を連ねて、インドの舗装されていないでこぼこ道を、夜を徹して休みなく走り続ける強行軍だった。
海外旅行は、クンダリニー・ヨーガの成就者へのご褒美という面もあったので、同行者のほとんどは「師」の人たちだった。ラージャ・ヨーガを成就したばかりの私は、いつでもどこでも師の最後尾のそのまた末席についていた。ダラムサラに向かうバスでも、機材を入れたカメラバッグ二個を持って一番後ろの座席にすわった。しばらく走っているとひどい悪路になって、私の座席シートは上下するバスに合わせて三十センチも飛び上がり、とてもまともにすわってはいられなくなった。飛び上がり方は後ろの席ほど激しく、座席シートは何度もはずれてひっくり返りそうになる。私はカメラをショックから守るために胸に抱えたまま、激しく揺られ、飛び上がり、座席から放り出されないよう必死だった。

夜中の強行軍のあいだ一睡もできず、ダラムサラに到着したときにはへとへとに疲れ果てていた。途中の食事はデリーのホテルで持たされた軽い弁当だけだったので、すぐに夕食をとることになった。オウムでは、いつでもどこでも例外なくステージ順だ。飛行機でもバスでも席順はステージ順、食事のときの席の並びもそうだった。教祖に近いところから成就者は成就した順に、サマナなら出家した順に席につく。
ダラムサラでの最初の夕食はチベット料理だった。
「モモですよね。モモ」
だれかが言った。
前回のダラムサラ旅行にも同行した先輩サマナが教えてくれた。
「モモはチベットの餃子のようなもので、尊師がお好きなの」
末席から見ると、たしかに焼きそばのような麺や餃子のようなもの、野菜炒め、焼きめしなどが大皿で運ばれていた。料理を取る順番もステージ順で、末席にはほとんど空になった皿しか回ってこない。モモなどというものは、一個も見ることも味わうこともなかった。
テーブルのかなたでは教祖とステージの高い成就者たちが談笑している。最初に教祖の料理が取り分けられ、皿が回され、成就者たちがステージ順にすごい勢いで取って食べる。男性が多いので皿はみるみる空になっていく。食べながら彼らは教祖の方ばかり見ている。どんな話も聞き逃さないように、いつ自分の名前が呼ばれるかと心待ちにしながら、そして回ってくる食べ物を皿に山盛りにして次々に口に入れていた。
末席に回ってくる寂しい皿と、ステージの高い成就者たちを見ながら、私はつくづく思った。
「ああ、この人たちは上しか見ていないんだな。下の者に十分な食べ物が回っていないことを、見ることも考えることもない…」
ものすごい疲労感と空腹を抱えて見たこの光景が忘れられない。

クンダリニー・ヨーガの成就者たちの振る舞いを見て、私は彼らの人間性を疑っていた。では、「クンダリニー・ヨーガの成就」という目標そのものも疑っただろうか。
教祖の説法にこんな解説があった。
「解脱と悟りは車の両輪のようなものでどちらも必要だ。真我が無明に入っていくプロセスを経験的に理解するのが解脱であり、それを論理的に理解するのが悟りである」
「まず解脱することだ。悟りは時間がかかるから、解脱を経験した後で長く時間をかけてやるしかない」
そんな説明を思い出して、彼らはクンダリニー・ヨーガで成就し解脱したが、悟ってはいないのだと納得することにした。「霊的な体験」と「人格」はまったく別物。解脱と人格はなんの関係もないことを目の当たりにした夜だった。

食事は終わったが私は空腹のままだった。上長の師が近づいてきて、不機嫌な顔の私に声をかけた。
「どうしたの?」
「ほとんど食べるものがありませんでした」
仏頂面で訴えると、彼女はすぐに私の不満を教祖に話してもどってきた。
「尊師、なんでも好きなものを食べるようにって。何が食べたい?」
盲目の教祖は弟子の不満顔を見ることはできないが、不満の声を聞けばすぐに対応してくれた。
私は「モモ」と答えた。
彼女はもう一度私を食堂へ連れて行って、マネージャーに掛け合った。モモは一個も残っていなかった。残っている食べ物はパンだけだという。「もういいですよ」と言いたいところだったが、あまりの空腹にパンを頼んだ。
出てきたのは味気のないとても堅いパンだった。
「堅くて、不味いパンだなあ…」
そう思いながら、私は水で流し込むように飲み込んだ。

次の日、教祖と弟子全員がダライラマ法王と謁見し、私はその様子を写真に撮った。
教祖と法王が会うのはこれが最初ではないようで、法王は親しげに教祖に話しかけ、別室で教祖と通訳だけで内密に話をする時間も取った。謁見の最後には、法王からカタと呼ばれる白い布を一人一人首にかけてもらって祝福を受けた。
法王庁から出ると、ある師が言った。
「こまっちゃうんだよねー。これ…」
そう言って早々にカタを外していた。たとえダライラマ法王であろうと、みんなグル以外のイニーションは受けたくないようだった。
そこにいるだれ一人として、法王とお会いできて光栄だと思っている様子はなかった。


2015年04月15日

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