40.オースチン彗星

オウム事件の背景とされる教え「タントラ・ヴァジラヤーナ(真言秘密金剛乗)」は、教祖の説法を紐解いてみれば明らかだが、オウムのごく初期(一九八六年)から説かれていた。教団が最初に破壊活動を行ったのは、「神言秘密金剛菩薩大予言セミナー」いわゆる「石垣島セミナー」の裏で行われていた「ボツリヌス菌散布計画」だったようだ。もちろん計画全体を知っていたのは数人で、九九パーセント以上のサマナ・信徒は夢にも知らなかった。(1)

「今日は、君たちに重大な発表があります。サマナ全員、外国、あるいは本島から離れたところで、少し長めの修行を君たちにプレゼントしようかと考えています。一週間ぐらいの間には、オウム真理教大移動をはじめたいと思います」
ある日、こんな意外な言葉から説法がはじまった。
「これは私の予言として聞いてほしいんだけど、今太陽系を突っ切ってきている彗星、オースチン彗星が、この地球に最も近づくとき、人類に前代未聞の大きな変化が起きるはずだ。私たちはその天変地異から逃れるために、ノアの箱船にならなければならない」
教祖はサマナに向かって大災害の予言をして、パスポートのない人はすぐにとること、家族や縁のある人に連絡して危険を知らせ修行の旅に誘うように言った。
パスポートの準備をするということは海外に避難するのだろうか?
聴いていたサマナに衝撃が走った。どんなことが起こるのか、どこへ避難するのか、具体的なことはまったくわからなかったが、地球規模の一大事が起きる可能性がたかまっているので、全員避難するということだった。
「縁のある人に連絡しなさい。そのために事務の電話を自由に使ってもよろしい」
という教祖の言葉に一人のサマナが質問した。
「親に連絡してもよいのでしょうか?」
「連絡してかまわない」
サマナは、クンダリニー・ヨーガを成就するまで親族と連絡をとることは原則禁止されていたが、このときは親への連絡も許された。
翌日、富士の事務の電話にはサマナが列を作った。
「絶対に親を説得するわ」
「親は信徒なの?」
「信徒じゃないけど、なんとか説得する。死んでほしくないもの」
「私はどうしても知らせたい友だちがいるの」
大惨事から救いたい人の顔を思い浮かべて、サマナたちは真剣な面持ちで電話の列に並んでいた。私は田舎にいる両親に連絡しようか迷った。
「大きな天災が起こる可能性があって、危険だからどこかへ逃げなければならない」
教祖の予言を頭から信じたわけではないが、ここまで言うのだから万が一なにかが起きるかもしれない。「あのとき知らせていたら」と後悔するのは嫌だなと思ったが、こんな曖昧な話をして信徒でもない両親が動くはずはなかった。
私はオウムに導いた友人には電話した。
「支部でも説明があると思うけど、一週間ほどの予言セミナーがあるから参加してね」
「うーん、一週間はねえ、仕事があるしねえ」
世界を揺るがす大災害が起こるかもしれないとき、仕事があるからというのは理由にならない気がした。私は迷っている友人に言った。
「あなたがそうやって仕事に忠義を尽くしても、なにかあったとき仕事はあなたを助けてはくれないよ」
「とにかく、支部で説明を聞いて考えてみるよ」と友人は言った。

教祖は全国各支部を回って、オースチン彗星接近による天変地異、避難の必要性を信徒に説法した。一九九〇年四月、こうして信徒・サマナ約一五〇〇人が参加した「石垣島セミナー」がはじまった。(2)

(1)国民的作家の司馬遼太郎は、「オウムは宗教団体ではなくテロ集団と見なすべきだ」という発言をしたが、これは大きな間違いだ。弟子と信徒のほとんどは、事件についてまったく知らなかったから、オウム=テロ集団とは言えない。事件に携わっていたのはごく一部で、全体像を知っていた人間は更に限られていた。事件後も多くの弟子は教団関係者の犯行だと理解しがたかった。
(2)石垣島セミナーの参加人数は一三〇〇人、一五〇〇と諸説ある。早川紀代秀著『私にとってオウムとは何だったのか』(ポプラ社)によれば一五〇〇人となっている。同書に「プラント建設から外されて石垣島セミナーに行く方に回された」とあるので、セミナー現場にいた早川さんの「参加者一五〇〇人」を採用した。




2015年04月10日

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