3.オウムランド

「出家すれば三年で解脱(げだつ)させる」
教祖は信徒にこう約束していた。
「それなら、解脱を経験してやめればいい」
私はそう思った。
解脱とは「絶対自由、絶対幸福、絶対歓喜」の魂の状態「ニルヴァーナ」(涅槃)と定義されていた。私は「絶対が、三つもつくのはなんだかなあ…」と思った。
当時、体験談を読んで漠然と抱いていた解脱のイメージは、光り輝くような自分になること。修行の動機も「そんな体験ができるならやってみるか」と軽いものだった。
半年後、出家の決断を聞いて、「やめとけ」と止める友人に私は言った。
「ちょっと、試しにいってくるわ…」
三年の期間限定出家のつもりだったのに、脱会したとき、指折り数えてみると十七年もの年月が経っていて、浦島太郎になった気がした。

地下鉄サリン事件以前のオウムを思い出すと、本当にさまざまな出来事があった。
オウムをディズニーランドにたとえた宗教学者がいたけれど、たしかに千人乗りのジェットコースターのある「オウムランド」だったかもしれない。一歩入ると、そこは底抜けに明るく、素直で、無邪気で、世間の常識から見ればバカバカしいことを真剣にやっている人たちがいた。世俗の喜びを捨てて、解脱のために修行する。オウムは変わった人たちの、でも、決して憎めない人たちの世界だった。
オウムランドの巨大なジェットコースターに乗ると、次から次へと想像を超える風景が過ぎていった。そして、不思議といつも同じ雰囲気に包まれていた。
一つは、みんなとの一体感。血のつながった家族よりも緊密で、相手をよく知らなくても瞬時にきずなを感じ合えた。
もう一つは、なにかことをなすときの天かけるようなスピード感。私たちは「人間の三倍速で動いている」と冗談を言ったものだ。
そして、一番の特徴はオウム全体を包んでいた高揚感だ。その中心には蜜のように至福と陶酔があった。
悪夢のような地下鉄サリン事件を境に、仲間との一体感は確執と分裂へ、スピード感は失速から停滞へ、高揚感は陰鬱さと閉塞へと、徐々にしかし確実にその対極へと転換していった。


2015年02月22日

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