26.富士山総本部道場

静岡県富士宮市にある富士山総本部道場に着くと、私たち三人は、ワゴン車に積まれていた雑多な荷物を運ぶのを手伝って、そのまま一階の食堂で待つように言われた。食堂といっても、段ボール箱や衣装ケースが雑然と積み上げられた、厨房の隣の半分物置きに使われている畳敷きのスペースだ。午前三時過ぎだというのにちらほらと人がやってくる。カウンターに置かれた食器かごから、プラスチック製のどんぶりを取り、大きなジャーを開けてご飯をよそっている。こんな時間でも、建物のなかは人の動いている気配がしていた。

東京から出家した三人は、指示どおりしばらくそこで待っていた。
「いつまで待てばいいのか」と不安になった頃、富士の事務職らしい女性サマナがやってきて「荷物検査をします」と言った。
出家にあたっては、衣装ケース二個分の私物が許されていた。生活に最低必要な衣類や雑貨を入れればいっぱいになり、現金やカード類を持っているのが見つかればその場で没収される。財産を布施し、現世を捨てて「解脱・悟り」を目指す覚悟だったから、富士道場に着いてから問題が起きることはなかった。
簡単な持ち物検査が終わると、二階の道場へ上がって再び待つように言われた。
道場では、出家して最初の関門である「千尋(せんじん)の谷の修行」がまっていた。七日間続くこの修行が終わると、はじめて「サマナ見習い」になれる。

富士山総本部の道場は、正面に壇が設えてあり、そこに祭壇があった。壁にはお世辞にも巧みとはいえない大きな二枚の宗教画が掲げられていた。
向かって右はシヴァ神。
左はビシュヌ神。
中央には左右と比べてやや小ぶりな、鮮やかなスカイブルーを基調とした「グヤサマジャ(グヒヤサマージャ)」と呼ばれるチベット密教の男女両尊の絵が掲げられていた。
これがオウム真理教の本尊、「シヴァ大神」の象徴だった。
祭壇には、水の入った大きなガラス鉢と、たくさんの果物が供物としてあげられている。だだっ広い道場の壁二面は窓で、床は陽に焼けた古畳が敷きつめられあちこちガムテープで補修されていた。ここで「立位礼拝」(りついらいはい)という修行を、一日十七時間、それを七日間ひたすら続ける。
立位礼拝は、両手を頭上にまっすぐ上げて、親指と小指を合掌するように蓮華の花形を作る。そして、できるだけ大きな声で正確に詞章を三回唱える。
「オウム、グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方に帰依し奉ります。わたくし○○をすみやかに解脱へとお導きください」
頭頂、眉間、喉、胸、腹と、上から順番にチャクラの位置に蓮華を作ったままの手を当て、素早く全身を投地し、また素早く立ち上がり、詞章を唱える。チベット密教の五体投地をオウム流にしたものだ。
一日一回の食事と、睡眠に代わる短いシャヴァアーサナ(屍のポーズ)以外は、立位礼拝を休みなく続ける。獅子が子を谷に突き落とし、登ってきた子どもだけを育てるように、「千尋の谷の修行」を終えた者だけが出家を許される最初の難関だった。


2015年03月20日

コメント

      

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する