24.分裂する意識

オウムの組織は在家と出家に分かれている。家族を持ち社会生活をしながら修行をする在家に対して、出家はそういうものを捨ててオウムに入り、眠っている時間以外は修行と救済活動のお手伝いをする。人生を布施し、現世的な執着から離れて修行を進めるのが出家だ。
解脱を求めるならば出家が一番近道だといわれていたが、在家での解脱もできないわけではない。教祖も在家修行者だったし、出家ほど多くはないにしても在家信徒で極厳修行に入って成就した人も数人いた。
「出家すれば三年で解脱させる」
教祖の言葉を聞いて、「三年くらいなら試してもいいかも…」と思ったが、どう考えてみても私のオウムに対する「信」は頼りなかった。
「解脱を経験してみたいけど、こんなに確信がないのに出家なんて無理…」
オウムに惹かれる気持ちと、ぬぐい去れない不安で心は大きく乱れた。

シャクティーパットを受けた頃には、私はそれまで楽しいと思っていたことがすっかり苦痛になっていた。まず大好きだったビールは、身体を冷やすことは修行の大敵なので見向きもしなくなり、不飲酒の戒を守ってアルコールはやめてしまった。テレビや新聞・雑誌の情報から遠ざかると、今どきの話題や流行がわからなくなり、すぐに世の中のことはどうでもよくなった。趣味だった読書は、なにを読んでもつまらなくなり、映画は映像と音の刺激が強すぎて観ることができない。街に流れている情感たっぷりな歌謡曲を避けて、部屋に籠もってオウムの単調なアストラル音楽を聴いて瞑想するとほっとした。
こうしてすっかり友人と疎遠になり、家と職場と道場の三か所を行き来するだけになっても、私の価値観を完全に変えてしまったオウムを信じているという自覚がなかった。
「私はオウムを信じてない。出家したいわけじゃない。ただちょっと解脱を経験してみたいだけ…」
分裂した自分がいるというのは霊的な問題とはいわれない。しかし、この自我が分裂したような意識状態は、大きな霊的問題ではないかと思う。
「オウムを信じていない」「違和感がある」と言いながら、「出家したい」とあせる気持ちがわいてくる。矛盾した思いが錯綜して、やっかいな精神状態になった。
こうなった私の進む道は、もう決まっていたのだろう。


2015年03月18日

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