23.シャクティーパット

ヨーガ・コースの単位を取り終わって、私はいよいよシャクティーパットを受けることになった。オウム最高のイニシエーションといわれ、多くの信徒が「素晴らしい体験だった」と語るシャクティーパット。それを受けたらいったいどんな霊的な体験をするのだろうか、期待は否応なく高まっていた。
教祖によるシャクティーパットはのべ八千回をもってすでに終了し、私が受けるのは一番弟子マハー・ケイマ大師によるシャクティーパットだった。
ケイマ大師は、教祖が渋谷のマンションの一室でヨーガを教えながら修行をしていた頃、その活動を支えた最古参の弟子の一人だ。このとき積んだ功徳によって、最初にクンダリニー・ヨーガの解脱をした優れた修行者として称賛されていた。

シャクティーパットは、道場の近くにあった「グリーンコーポ」という住居の一室で行われていた。信徒は、二階道場で待機し、時間になると五、六人が呼ばれて、ビルを出て線路を越えて歩いてコーポまで行く。
「マントラを伝授されている人は、マントラを唱えてください」
「できるだけアシュビニ・ムドラーをしてください」
イニシエーションが行われている隣の部屋に入ると小声でそう言われ、座ってその場で気を上げる行法をしているとやがて名前を呼ばれた。
部屋に入ると、ケイマ大師がちらりとこちらを見て軽く会釈をした。
私も目礼して、ケイマ大師の前に敷かれている毛布の上に仰向けになって目を閉じた。
シャクティーパットの十分間、心地よいやわらかな明るさに満たされている感じがしたが、それ以外特に変化はなかった。
「期待していたような強烈な体験とは違うんだな」
少し意外に思った。でも、だからといって失望はなかった。終わってみると、これまで経験したことのない、平安としか言いようのない心の静けさに包まれていたからだ。
「ああ、心が止まるって、こういうことなんだ。この延長に解脱があるのかなあ…」
解脱と悟りについてさんざん話には聞いていたが、イニシエーションを受けてはじめて、その境地を垣間見たような気がした。
静かな心の状態は数日間続き、ときどき肉体からふわふわと意識が離れて、肉体と意識がずれているような感覚になった。ふと気がつくと、歩いている自分を上から見ていて、「あれ?」と思ってあわてて意識を身体に戻したこともあった。
劇的な体験こそなかったが、その頃からなぜか「出家したい」という思いがわいてきて、「私、そんなことぜんぜん思っていないのに、おかしいなあ…」
まるで知らない自分がもう一人いるようで、何度もその思いを打ち消した。


2015年03月17日

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