20.在家での修行

「ヨーガ・コースの単位を取得して、一日も早くシャクティーパットを受けてください」
シャンティ大師から強く勧められた私は、会社が終わるとすぐに、お茶の水駅からJR、京王線、世田谷線を乗り継ぎ、世田谷道場にかけこんだ。
夜七時からのコースは、参加者が十五人か二十人くらいだった。インストラクターをしていたのは、「スワミ」と呼ばれるラージャ・ヨーガの成就者メッティカーさんだった。彼女は、少し前に極厳修行に入ったが、クンダリニー・ヨーガの成就には到らなかったという。正面の祭壇の前でアーサナ・呼吸法・瞑想の指導するメッティカーさんは、私より若いのに不思議な落ち着きがあった。
「これが修行をしている人なんだなあ、普通の人とは雰囲気が違うな」
私は素直に感心した。

道場でのコースと併行して、家では「浄化法」という修行をした。
浄化法は、やればすぐに効果が実感できたので、オウムを紹介した人には浄化法を教えて確信を持たせることが多かった。
「水を六リットル飲んで、吐くんだよ。これがまたすごい効果あるんだよ」
私を導いた兄も、そんなびっくりさせるようなことを言って浄化法を勧めた。
塩水と真水を六リットルずつ飲んで吐く「ガージャ・カラニー」。
鼻から口へひもを通してしごく「ひものネーティー」。
三メートルほどの包帯のような布を飲みこんで吐き出す「ダウティ」。
三つの浄化法をマスターして、毎日行ずると、タバコもお酒も飲みたくなくなり、みるみる体調が良くなった。これに加えて、根菜の水煮と胚芽米のご飯と豆乳という菜食に変えたら、すっかりヨーガ行者になった気がした。

ヨーガ・コースや浄化法以外に、バクティ(奉仕活動)があった。バクティによって功徳を積むことはエネルギーを蓄えることだった。それが願望をかなえたり修行を進める土台になるという。でも、私はバクティが嫌いだった。特に深夜に行われる「ビラ配り」のバクティは、つらいだけに効果が高く、信徒は率先してやっていたが、私は一度しか参加しなかった。それも、出家するのに一度もビラ配りをしたことがないのはまずいだろうと、アリバイ作りのような気持ちだった。ビラを配って入信に導くのは効率が悪い。それなら知り合いを直接道場に連れてきた方が早いと思って、私は友人を十人以上紹介した。
その頃の私には、黙々と奉仕活動をすることが、どんなに素晴らしい修行なのかわかっていなかったのだ。ガージャ・カラニーを二十リットルやった、ビバリータ・カラニー(ヨーガの逆転のポーズ)が三時間できた、蓮華座が一時間組めた、そんなことを喜んで修行していた。
「宗教をやっているつもりないでしょう…」
担当だったシャンティ大師は嘆いていた。
たしかに、私は信仰心なしに、スポーツをする感覚で修行をしていたのかもしれない。それでも、霊的な体験は勝手に進んでいったから、修行は面白くてしかたがなかった。
ずっと精神世界を求めてきた人が、「やっと本物に出会えた」と歓喜したのも無理のないことだった。


2015年03月13日

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