19.教祖という人物

教祖・麻原彰晃は、どのような人物だったのだろうか。
在家信徒だった頃の私には、「わからない」というのが正直なところだ。
本を読んでも、説法会で見ても、シークレット・ヨーガで個人的に質問をしてもよくわからなかった。「尊師はすごい」「グルに出会うことは奇跡なんだよ」と言って、一直線に教祖に向かっていく熱狂的・狂信的な信徒は目立つものだが、私のように疑問を抱きながらそこにいた者も、実は多かったのではないだろうか。

二〇一二年のある日、オウム真理教事件をとりあげたNHK特集を観た。
教祖の説法がそのまんまテレビから流れてきたのにはびっくりした。
オウムにいた私が観ても、これまでになく実際のオウムをよく再現している番組だったが、現実のオウムとは決定的な違いがあった。
教祖像がまったく違うのだ。
あまりにも単純に、詐欺的で、邪悪で、卑小な人物として教祖を描くから、オウム事件全体がわからなくなるのだと思う。教祖には普通でない存在感、人を惹きつける磁力のようなものがあったから多くの人がすべてを捨ててもついていったのだ。教祖を崇拝しなかった私にもそれは感じられた。マスコミは教祖やオウムをおどろおどろしく暗く狂気的に描くことが多いので、そんな印象をもたれているが、現実の教祖はとても明るかったし、教団内部も底抜けと言ってもいい明るさだった。説法を聞いただけではわからないかもしれない。言葉を交わすと感じ取れるもので、近くで弟子の名を呼ぶのを聞いたなら少しわかるかもしれない。

「どうだ、ミラレパ」
「アーナンダ、アーナンダはいるか?」
「ケイマ、きみはどう思うか」

教祖の深い声と屈託のない笑顔は、接した人を魅了した。
教祖と同じ場にいて感じるなにかが、「この人こそ本物だ」と、多くの弟子に信じさせた。
事件から数年たった頃、私は古くから帰依信徒だった老夫婦を訪ねたことがある。彼らが頼りにしていた一人息子は、オウム事件で犯罪者になり服役していた。残された夫婦は、自宅を何度も何度も強制捜査され、狭い田舎町で隠れるように暮らしていた。
老夫婦は、事件後どれほど大変だったかを語った。まだ教団にいた私には想像もつかない苦労だった。
話の最後に奥さんがぽつりぽつりと語った。
「本当にひどいめにあいました。事件後は大変なことばっかりでしたよ。でもね、麻原さんのあの笑顔、にこにこっとしたときの、あの笑顔を思い出すと、今でも麻原さんを憎むことができないんです。あの笑顔、本当に忘れられないんですよ…」
老婦人は、今の境遇に似合わないやわらかなほほ笑みを浮かべ、かつての幸福をなつかしむように言った。

魅力がなければ人はついて行かない。
ましてや彼のためにすべてを捨てること、犯罪に手を染めることなどありはしない。
教祖は、接してみてはじめてわかる明るさと軽やかさ、激しさと強さのある人物だった。宗教者としては、まったく妥協がなかった。弟子たちはそれに魅せられていた。洗脳や脅しや恐怖だけで、あれほど多くの人をあんなところまで連れていくことはできない。
躊躇なく「ポアだ」と指示する人物が、慈愛の笑顔で弟子を魅了する。呑み込むような深い闇と、突き抜けるような明るい光。教祖は、両立するはずのない両面をそなえていたと思う。


2015年03月12日

コメント

No title

歌を聴くと 愛情たっぷりな雰囲気ができてて 歌い方も愛情たっぷり。
  • | 2017-02-13 | 三橋 URL [ 編集 ]
      

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する