17.グルの登場

教祖は「尊師」と呼ばれていた。
当時三百人を超えていた出家者を、解脱へと導くグル(霊的指導者)だった。
入会はしたが、私は弟子になるつもりはなかった。信徒数三千人を超え、全国に十五支部道場、ニューヨークにも支部ができたばかり、今まさに急成長をとげようとする宗教団体では、入会したての信徒にとって教祖は遠い存在だ。姿を見るのは月に一、二回支部道場での説法会、例外は、三万円のお布施をして受けるシークレット・ヨーガという十分程度の個人面談だった。
解脱に興味をもった私だったが、そのために「グルに帰依をしなさい」「帰依がすべてだ」と、解脱を経験した成就者から再三言われても、なぜ帰依するのかさっぱりわからなかった。帰依とは自分を捨ててグルに従うことだ。まだよく知りもしない人物に、自分をあけわたすなんてできるはずもない。だから、私にとっては、グルというより教祖だった。

教祖をはじめて見たのは、世田谷道場での説法会だった。
全国各支部道場で行われる「尊師説法会」は、支部のメイン・イベントだった。支部では、説法会に多くの参加者を募ることが救済だと考えていたので、日程が決まると、活動的な信徒はもちろん、あまり道場へ来ない信徒に対しては特に熱心に電話をかけて参加を呼びかけた。
「日曜日、尊師説法会ですよ」
「尊師がいらっしゃいますから、道場に来るだけでエネルギーが上がりますよ」
「最近真理から遠ざかっていませんか。説法会に来て意識を変えましょう」
その結果、大勢がつめかけた道場は、普段蓮華座を組むよう指導される信徒も正座ですわらされ、ぎゅうぎゅうのすし詰め状態になった。
説法開始時刻に近づくと、道場正面の祭壇の前には、白いカバーがかけられた一人用のゆったりとしたソファが置かれた。ある時期から、教祖は必ず「尊師の椅子」に座法を組んですわって説法をした。全国各地の説法会、海外でのイベントにも尊師の椅子は持ち運ばれ、成就者だけが触ることを許されていた。

「最終解脱者」「解脱へ導くグル」とはいったいどんな人物だろう。
私は好奇心いっぱいで教祖の登場を待っていた。修行歴のある信徒は、ぶつぶつとマントラを唱える修行をしながら意識を集中してグルの登場を待っている。
一見するとわからないが教祖は盲目らしかった。
光沢のある白いクルタを着て、やはり同じクルタを着たおかっぱ頭のキリッとした顔つきの少女の肩に軽く手をおいて、ゆっくりと道場の後ろから現われた。
今か今かと来場を待っていた信徒は、入ってきた教祖を見ようと一斉にふりかえる。
「尊師だ」「尊師がいらした」
声には出さないが、みんなの顔がぱっと明るくなる。
「写真と同じ風貌だ。なんだか、大きい人だな…」
身体が大きいのではなく、大きく見える人、というのが教祖の第一印象だった。
正面に準備された椅子に教祖がすわると、先導の役目を終えた少女はさっと姿を消した。
マイクを手渡された教祖は、すぐに深く息を吸って合掌し、オウムマントラを唱える。
オーーーン
教祖の深く響く声のあとに続いて信徒が同じように唱える。
オウムマントラの三唱に続いて「大乗の発願」「苦の詞章」を十三回唱える。

「ホー、湖面に映る虚像のようなさまざまな幻影に引きずられ、輪廻の大海を浮沈する生き物たち、彼らすべてが絶対自由・絶対幸福なるマハーヤーナにて安住することができるよう四無量心込めて大乗の発願をいたします。」(大乗の発願)

「自己の苦しみを喜びとし、他の苦しみを自己の苦しみとする。」(苦の詞章)

「大乗の発願」と「苦の詞章」は、短くても重要なものだった。信徒は最低でも三万回、まじめに修行する信徒は三十万回、真剣に解脱を求める修行者なら百万回を目指して唱えていた。
そして、説法会の終わり、修行の終わりには「回向」を必ず三回唱えた。
毎回、同じパターンで始まる教祖の説法は、信徒向けなら三十分ほど、説法後の質疑応答を入れても一時間ほどだった。


2015年03月09日

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