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早川紀代秀死刑囚の文章④

『オウムはなぜ消滅しないのか』(中島尚志)を読んで
4.密教は、煩悩がなくならないということに着目して生まれたという見解について


密教が、煩悩はなくならないということに着目して生まれたというのは初めて知りました。確かに煩悩は、そう簡単にはなくなってくれませんが、最終的には、密教も顕教と同じく、煩悩の滅尽をめざしていると思っていました。
顕教と密教では方法が違い、顕教は煩悩を捨断する道で、密教は煩悩を変化させる道というのは聞いていましたが、変化の道でも煩悩は聖なるものに変化するので「なくなる」という認識でした。
しかし、これが「なくなったのではない」という意味にとるなら、言葉は違っても同じことなので問題はありませんが、もし煩悩が煩悩のままでなくならないという意味でしたら、少なくともオウムが影響を受けたチベット密教におけるゲルク派の考えとは合わないと思いました。
ゲルク派は、ダライ・ラマをはじめ、開祖ツォンカパの教えに従っていますが、ツォンカパのガクリムチェンモ(真言道次第広論)等によると、煩悩が完全に断滅された状態がブッダであるとしています。
大乗仏教では、煩悩を煩悩障と所知障の二つに分けますが、菩薩の十地のうち第七地までに煩悩障を断滅し、第八地から第十地までの間に所知障を断滅するというのが、中観帰謬論証派の修道論であり(『ツォンカパのチベット密教』齋藤保高 )、中観帰謬論証派に属するチベット仏教では、密教といえどもこれに従っています。チベット仏教における顕教と密教の違いは、もちいる手段(方法)が異なるだけで獲得される成果(境地)に違いはないとされています。(前掲書p41参照)
確かにチベット密教の成就法を読むと、「これこれは、菩薩の第〇地の段階」という解説があり、密教といえども顕教と同じ修行レベルを想定していることは確かです。(例えば、『Clear Light of Bliss』Geshe Kelsang Gyatso によれば「真言の悟りは第八ステージの菩薩、不浄の幻身の達成は第十地の菩薩と同じ。不浄が虹のように消えて、清浄な幻身が生まれるとブッダになる」というようなことが書かれています。)
また、ブッダとなった状態についても、具体的にどのような状態かを説いているので、自分がブッダになったのかどうか、間違えようがありません。
ツォンカパによると、ブッダになっていない聖者方は、無明を断じていないため(所知障があるため)、空性を直覚するサマディに入った無顕現のときと、サマディから出たときの顕現を伴う分別のあるときとが、同時には存在できないのに対して、ブッダ方は、妄分別が消失しているので、これが常に同時に存在しているということです。
一九八九年頃に、グル麻原といたときに、彼が「普通にこうしていても、サマディに入っているときと同じように見えるんだよ。今はそういうレベルになった。」と私に言ったことがありました。ここでのサマディが空性を直覚するサマディなのかどうかは知りませんが、日常生活をしていても、サマディのときの体験を同時にすることができるようになるということは、グルの体験としてオウムでも言われていました。
また、タントラ・ヴァジラヤーナの実践は、ステージを上げていくスピードは極めて早いけれど、ステージそのものは、大乗(顕教)や小乗のものと変わらないという見解をオウムもとっていました。つまり密教の最終ステージは顕教と同じく煩悩破壊という認識です。しかし、密教に入ったときは、まだ煩悩があります。この点についてはオウムもチベット密教を見習って、一定の煩悩捨断ができるステージでないと、入れないようにしていました。教団の重大事件の実行犯が教団の末端信者ではなく、教団幹部であったのはこの理由によります。いきなり密教に入るようなことはしないし、させなかったのです。
顕教から密教へ、そして密教による完全煩悩破壊とブッダの色身の達成という修道論を今でも私は信じています。ただし、殺人を含めた実践はぬきで…。

<「5.ブッダシャカムニでさえ煩悩がなくなってはいなかったというご指摘について」に続く>


2017年05月27日

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コメント

前にメールさせていただきました
ITです。

修行論は僕もあってると思います。

色々と気になってしまって...
以下を発見しました。

霊性進化の道-スピリチュアリズムスピリチュアリズム普及会 第1公式サイト
スピリチュアリズム・ニューズレター 3号
ニューエイジも新・新宗教もスピリチュアリズムを超えるものではありません(シリーズ2・・・スピリチュアリズムから見た新新宗教(幸福の科学・統一教会・GLAを中心として))


スピリチュアリズム・ニューズレター 19号
霊的身体とチャクラについての誤解

上記は調べれば直ぐに出て来ます。

あと、どこかの記述に(曖昧に覚えているので そのままって訳ではないです)

修行方法としては瞑想が主で肉体的に息を止めるなどの行為は必要ではないと...

ヨーガは 霊主肉従の状態を作る様な修行方法である。


宗教の脅威

本来ならば、 神➡︎魂 の構図で成り立つところを

神➡︎教祖➡︎魂 の構図になっているところがおかしいと。

教団の中で上に立ちたいという思いも出て来て、魂の鳥かごとなっていると。』

オウムの煩悩破壊、修行方法に関して、5つのエレメントなどなど、非常に納得行くものである。

心のひっかかりも本を読むだけでもかなり参考になります。


サイトの感想くれると嬉しいです。





  • | 2017-05-27 | IT URL [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> 前にメールさせていただきました
> ITです。

ITさん、コメントありがとうございます。
このブログの内容とはあまり関係がないので、どうしようかと思いました。
(そういう場合は削除することになりますのでご了承ください。)

ご紹介のサイトは情報量が多く、全体を読んでいないので感想は控えますが、世の中には膨大な情報があり、そのなかに「真理」を伝えているものも多くあるでしょう。ご紹介いただいたサイトもその一つだと思いますよ。

私はオウム真理教という宗教団体に出会い、教祖が説いた「真理」を学び、そこで生きました(修行しました)。
この「生きる」ということを通じてしか悟れないことがあり、それは情報を読んで理解するということとは別次元のものだと思っています。(例えば、泳ぎ方を解説した本を百冊読むことと、実際に水に入って泳ぐということは別次元だということです)

このブログは私が生きたオウム真理教について、それを通じて考えたことを書いています。
ブログの内容についてのご質問にはできるだけお答えするようにしていますので、よろしくお願いいたします。

  • | 2017-05-28 | 元TD URL [ 編集 ]

ご返信ありがとうございます。

元TD師様
ご返信ありがとうございます。
たしかに体験を通さないと、創世記に出てきた学者と一緒ですよね。

〉顕教から密教へ、そして密教による完全煩悩破壊とブッダの色身の達成という修道論を今でも私は信じています。ただし、殺人を含めた実践はぬきで…。

この修行論は確かに正しいと思います。
全てを放棄して完全煩悩破壊出来たら...
グルにお会いしてみたかった。
  • | 2017-05-28 | IT URL [ 編集 ]

No title

ひとは何がおきるか知っている。このことが問題をさらに複雑にしてる。
  • | 2017-06-01 | 三橋 URL [ 編集 ]
      

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