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早川紀代秀死刑囚の文章③

『オウムはなぜ消滅しないのか』(中島尚志)を読んで
3.後期インド密教の殺人を容認する個所は誤りということについて

松永有慶氏の『秘密集会タントラ和訳』(法蔵館 2000/06)は私も読みました。
「秘密集会タントラ」(グヤサマジャ・タントラ)をはじめとする後期インド密教の殺人を肯定する部分は誤りであり、魔境の産物という中島先生のご指摘をもってすれば、経典を信じ、それを実行したグル麻原や、それに従った私達弟子達には、少しは情状の余地があるように思いますが、私には経典自体を否定する勇気はありません。
もし、経典が殺生を肯定している部分は魔境の産物だとするならば、すでに『理趣経』において、

世尊は呼びぬ、
「金剛手。」
「もしもそなたがこの理趣(みち)を、
聴きたるのちに身に受持(たも)ち、
日々夜々に誦えなば、
(その人は)
たとえこの世の生類を、
余す方なく殺すとも、
悪の報(むく)いは受くるなし。
ただ受けざるに止まらず、
悪を調(なび)けし報いにて
さとりを得ること遠からず。」
(『和訳理趣経』金岡秀友)

と説かれていますので、空海の持ち帰ったこの経典も、そのように考えなければなりません。

「殺人」は儀式になじまないということについても、確かに、犠牲をささげるバラモンの儀式を否定されたブッダシャカムニの教えは、そのように思いますが、宗教一般からすれば、太古から人身を犠牲にする儀式が宗教行為としてはめずらしくはありませんでしたし、現代においても、呪殺の儀式を行なう宗教が存在することを考えると、儀式としての殺人は、むしろ宗教行為の一つの型として違和感のないものと思われます。
仏教においても、ヒンズー教の影響を受けたとされる密教においては、殺人が儀式化したとしても不思議はありません。この儀式が具体的な記述として残っていないのは、性格上、秘中の秘であったであろうことから、決して文字にされることはなく、極めて限定された形で口伝されていたからではないでしょうか。
実際のところ、チベットでは、密教儀式による殺人が行なわれていた歴史があります。
正木晃先生の私の公判証言によると、チベットでは、チベット語で「ダルレ」日本語訳で「度脱」という呪殺が10世紀から12世紀に猛威を振ったということです。この度脱はオウムの殺人を意味する「ポア」の論理と非常に似ているということでした。この件では、怪僧ドルジェタクが有名なようです。
しかし、だからといって、現代社会において実際に殺人儀式を行なってもいいとは、私も思いません。チベット密教においても、グヤサマジャ・タントラを密教の根本経典に定めたゲルク派開祖のツォンカパが、呪殺を禁止して以来、実行されることはなくなっていったようです。現在のゲルク派トップのダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞されたことが、このことをよくあらわしています。
ツォンカパの場合は、戒律を復活させたことで有名ですので、僧としての戒(不殺生戒)を厳守することによって呪殺をなくしていったと思われます。また、チベット密教には、度脱を行なえるのは、死亡した直後の人を生き返らせる能力がある者だけであり、そのような能力もないのに行なえば地獄に落ちるという教えもあり、こうした教えが、実行できる条件というか資格のハードルを高くし、実質上、実行できなくしていったという働きがあったと思います。
グル麻原がこうした実行についての条件や資格について、知っていたのかどうかわかりませんが、実行する資格がなかったことは、真島さんの事件のときに、生き返らせることができなかったことから明らかです。
またチベット密教での度脱は、あくまで、呪殺によるものであり、弟子をまきこんで、弟子を使っての殺人ということについては、まったく論外のことと言わねばなりません。

<「4.密教は、煩悩がなくならないということに着目して生まれたという見解について」に続く>


2017年05月24日

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  • | 2017-05-26 |   [ 編集 ]

生け贄、殺人

>至福さんへ
非公開のコメントに関連して引用しておきます。

プルタルコスは、フェニキア人が子どもを犠牲にして捧げ物にしていたことを記録に残していますが、実際に古代カルタゴの発掘では神殿で壷が次々と見つかり、そのなかには、女神への生け贄とすべく殺された、おびただしい数の幼児の遺体が入っていました。それは単なる残虐行為ではなかったと、ユングは説明します。

「――それは、通常の殺人、ひどく邪悪なことと言われるかもしれません。そうであれば、それは邪悪なことになってしまいます。しかし、それまでは神聖な供犠は、実行されたがゆえにいっそう効果的だったのです。それは殺人ではありませんでした。あの高揚した状態においては、まことに驚くべきことを意味していたのですから。私はそう確信しています。たとえば、初子の犠牲は至高の犠牲であったにちがいありません。ご存知のように、未開の人々は、自分の子ども対して特別に盲目的な愛情を持っています。ところが、彼らは子どもたちを犠牲にすることを学んだのです。目を開いて、これはただの殺人だと理解したなら、それは殺人になります。(「なります」を傍点で強調)そのとき、その象徴はばかげているとわかるのです。怠惰で愚かで惰性的な者でないかぎり、そのような儀式は続けられません。ちゃんと機能している間は現実味があるのですが、理解されると壊れてしまい、別な形が必要となります。――」
(質疑応答)
「■バウマン氏■ 最後のところで示唆されたことについてお尋ねしたいのですが。なぜアブラハムは息子を殺そうとしていて止められたのでしょうか。
■ユング博士■ それはまさに至高の意識でしょう。比較的未開な人々の場合、私たちなら自分のすばらしい洞察と呼ぶはずのものが客体的になりますから。つまり、それ{洞察}は、心的な客体性、心理自動症のなかへと投影されています。それは声です。神なのです。アブラハムはそれを自分自身の意識とは感じませんでした。一つのヴィジョンが、その行為を阻止したのです。それは、息子の供犠を単なる殺人として理解するようになる移行地点を示しています。以後は、動物の供犠が代用されました。それが殺人と理解されて人間的感情を害したため、そうした代用が行われたのです。しかし、高揚した状態においては、人々は恐ろしい犯罪であるはずのことに天の祝福を感じることができました。彼らにとって、それは最高の献身を示す行為だったのです。――」

  • | 2017-05-27 | 元TD URL [ 編集 ]
      

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