「オウム再考」を読んで

島田裕巳氏は、教祖とも面識があり、長年オウムについて語ってきた数少ない宗教学者です。事件から二十年以上たった今どのように考えてるのか、「オウム真理教事件――二一世紀からの再考」(2016年5月)(1)を読んでみました。

島田氏は平田信被告の裁判を傍聴して、法廷に立つ平田被告を「地味でおとなしそうな人物だ」という印象をもったと書いています。報道写真から抱いていた凶悪犯のイメージと現実の平田被告とが相当に食い違っていたのでしょう。今更言うのもむなしいものですが、地下鉄サリン事件の実行犯でさえ、皆さん真面目で感じのいい人たちでした。もともと凶悪でもなんでもないごく普通の若者たちが凶悪な事件を引き起こしたということが、オウム事件について深く考えなければならないところだと思います。

平田被告の裁判で井上嘉浩死刑囚の証言を聴いた島田氏の感想を読んで、私は井上さんの様子にちょっと驚きました。
「涙声で被害者に謝罪する場面もあったが、自分がいかに忠実に与えられた任務を果たしたのかを延々と、しかも熱く語ったときには、違和感を持たざるを得なかった。未だに彼は、教団のなかで生活を続けているのではないか、そんな印象さえ受けたのである」
あれほど強くオウムを否定している井上さんでも、いまだにオウムから解放されていないのか…と思いました。なにもかもあまりに強く否定するからかえって解放されない、ということなのかもしれません。オウムを脱会することは簡単ですが、オウムという体験を乗り越えるのは大変なのだと思います。

この論考で島田氏は、三女・松本麗華さんの『止まった時計』(2015年)を取り上げて、教祖の初期の著書が妻・松本知子さんによって書かれたものであること、教祖が統合失調症だった可能性を示唆していることに注目しています。
初期の著作については、そこに書かれている最終解脱の体験の記述が概念的だとして、「麻原のグルとしての聖性の根拠となる体験が、現実には存在しなかった可能性が出てくる」という疑問を提起しています。教祖が最終解脱したかどうかは、信じるか信じないかということになりますから、ここでは検討しません。ただ、弟子は教祖が最終解脱をしたとかしていないとかではなく、シャクティーパットなどのイニシエーションや、教祖のエネルギーになにかを感じて信じたのだと思います。
統合失調症の可能性については、「新しい宗教教団を作り上げた教祖、開祖が精神疾患をわずらっているということは、決して珍しいことではない。狂気と宗教的な霊感は紙一重である」「法廷での姿勢の変化を含め、統合失調症として考えれば、全体のつじつまは合ってくる」として、事件について次のように述べています。
「オウム真理教が実行に移した事柄全体を見直してみると、一貫性も欠けていれば、明確な目的が定まっていたとは思えないことばかりである。となると、なぜ彼らがサリンを製造し、それを使用したのか、合理的な理由や動機を求めること自体が意味をなさないようにも思えてくる。」
「サリンの大量散布による権力の奪取ということも、信者たちが漠然と夢想しているだけのことで、そこに具体的な戦略や戦術があったわけではない。」

「合理的な理由や動機を求めること自体が意味をなさないようにも思えてくる」という点には私も同感です。教祖は「宗教者の修行体験も心身症も同じである」と「朝まで生テレビ」で公言していますから、修行者が体験していることを、統合失調症的な状態(妄想と現実の区別がない)と理解すると、オウム事件の不可解さも腑に落ちるかもしれません。一九九四年から九五年頃の教団内部、特に教祖と周囲の弟子たちは、アメリカ軍による毒ガス攻撃、フリーメーソンの陰謀、世紀末のハルマゲドンなど、妄想と現実の区別のつかない異常な状況にありました。地下鉄サリン事件は国家転覆という目的があったわけではなく、強制捜査が回避できると思ったわけでもなく、教祖と弟子たちによって想い描かれた妄想が肥大化し、コントロール不能になった結果、オウム全体をとんでもないところへと押し流していった――とするならば、それこそ最もオウムらしい顛末に思えます。

オウム事件から長い年月が流れて、最近では月刊「現代化学」誌の11月号に中川智正死刑囚の手記が掲載されました。高橋克也被告の裁判が終われば、オウム裁判はすべて終わりますが、犯行にかかわった彼らに、「あのとき、いったいなにがあったのか」を、自らの言葉でなんらかのかたちで今後も語ってほしいと思います。そして、それが貴重な資料として残されていくことを願っています。

(1)『宗教とこころの新時代 (岩波講座 現代 第6巻)』(2016/5/28)に収録されている。

【参考】長くオウム裁判を傍聴した降旗賢一氏は、オウムの印象を「蚊柱」のようだと書いている。
「別の機会にも書いたことがあるが、オウム真理教に集まった信徒の集団を思うとき、私は一本の蚊柱を連想することがある。夏の夕暮れか朝に、数十匹からときには数百匹の蚊が群れを作り、柱のように高く伸びたり、上下したりしながら飛んでいる、あの情景である。
ある決まり切った法則があるわけではない。飛んでいく方向をだれかがしっかりと見定めているわけでもない。気まぐれに思いつくまま、互いに刺激しあい、興奮を高めあいながら、ひたすら群れ飛んで、あるとき、その興奮が頂点に達すると、大群はふいに霧散してしまう。
人々の目の前にあのとき突然現れて、無軌道で手前勝手な乱舞を繰り返した後、一瞬にして破滅したこの教団信徒の一群は、そっくりそれと同じだったように私には見える。」『オウム裁判と日本人』(降旗賢一著2000年4月・平凡社新書)より



2016年11月21日

コメント

それぞれの弟子が、自分の体験・経験したAUMを語ることは、「妄想」と呼ばれているものの実体の解明に役立つと思います。
  • | 2017-01-29 | U URL [ 編集 ]
      

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