興味深かった本

オウムについて書かれたいろいろな本を読んできました。そのなかで安田 好弘著『死刑弁護人 生きるという権利』 (講談社+α文庫)は逮捕後の教祖の様子が書かれていて興味深かったものです。

「麻原さんからは、ヨーガの根本教典を読むことを勧められた。それなくしてオウムは理解できないと言う。しかし、私はそれに従わなかった。彼の宗教や教団を弁護するのではなく、彼個人を弁護するのだから、宗教的なことに触れる必要はないと考えていた。しかし、あとから考えると、それは誤りであった。麻原さんは宗教の中に生きてきた人間である。そしてその延長線上で刑事責任を追及されている。事件を犯したか否かに関係なく、彼の宗教を理解することなくして彼を弁護することなどできないはずであった。」

「…九五年一〇月、当時の社会党・村山政権は、過去どの政権も適用してこなかった破防法の適用を申請した。
麻原さんは、躊躇なく言い放った。
『破防法は下世話な話である。宗教は、そのような話と次元を異にする。オウム真理教はそのようなものでは消滅しない。宗教は三人おれば成り立つ。弾圧されれば、バラバラになって、それぞれの者が、それぞれの宗教を実践すればいいではないか』
私は、その発言を聞いたとき、彼の宗教者としての姿を見た気がした。」

「オウムの裁判では、弟子たちが次々に教祖を糾弾してしていった。しかし、麻原さんは弟子の悪口をいっさい言わなかった。彼は、
『輪廻転生の繰り返しの中で時には弟子が私を殺し、時には一生の伴侶となることもある。弟子たちが私を裏切る裏切らない、そのようなことは些末なことである』
というのである。」


弁護人が元アーナンダ師への反対尋問をしようとしたとき、「やめてくれ、反対尋問をしないでくれ」と抵抗する教祖。二回目の反対尋問を強行したことを境に、教祖の様子が変わってしまうところなど、とても考えさせられました。


2016年07月12日

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