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密教と竹筒

いわゆる精神世界の道というものは、いったんその道に入ったが最後もう戻ることはできないものなのかもしれない。オウムの出家者で事件後すぐにやめた人が書いた『オウムからの帰還』という本が出版されたとき、私は本の題名を見てつくづく思ったものだ。「オウムから帰還するといったって、私たちはいったいどこへ帰れるというのだろうか?」と。
いつ頃かは忘れたが、教祖は説法だったか談話だったかで「密教の道に入るということは竹の筒に入った蛇のようなもので、一度入ったらもう引き返すことはできない」という意味のことを言っていた。たぶん蛇の身体は後ずさりするということができない構造なのだろうし、竹筒に入ってしまったならくるっとまわって方向転換をすることもできないだろうし…。この竹筒のイメージはなかなか強烈で、「それは戻れないよねえ…」なんて妙に納得してしまう。もちろんオウムは密教だったのだから、「オウムからの帰還というのは、残念ながら、ないよね」と思っていた。
では、オウムをやめたあとどこへ行ったらいいのだろう。私たちが竹筒に入ってしまった蛇だとするなら、とことん先まで行ってみるしかないんじゃないか。竹筒の反対側から顔を出したとき、そこにどんな景色が見えるのかはわからないが…。

(一か月更新しないと広告が出てしまうので、それを消すためにメモ書き程度の文章を更新しています)



2016年04月21日

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コメント

目次

発信ありがとうございます。
ところで、この記事、(パソコン画面上では)目次に出ていません。どういうわけでしょうか。
  • | 2016-04-23 | 匿名 URL [ 編集 ]

Re: 目次

> ところで、この記事、(パソコン画面上では)目次に出ていません。どういうわけでしょうか。

ブログは一か月更新がないとトップに広告が出てしまいます。「それは放置でいいな」と思っていたのですが、広告が出ないほうが都合がいい事情ができてしまったので記事を更新しました。これは「オウムとはなんだったのか」という趣旨で書いたものではありませんので、目次には入れないことにしました。私も「ぜひ読んでほしい」と思っていないので、ブログの再深部分で密かに更新される予定です笑
コメントつけちゃうとバレますけどね。。
  • | 2016-04-23 | 元TD URL [ 編集 ]

No title

いろいろお考えになってのことなのでしょうが、更新していただきありがとうございます。
竹筒に入った蛇の例え、とても興味深いです。強烈なイメージが浮かんできますが、何か警戒感のある独特な不気味な印象も感じられました。

>私たちが竹筒に入ってしまった蛇だとするなら、とことん先まで行ってみるしかないんじゃないか。竹筒の反対側から顔を出したとき、そこにどんな景色が見えるのかはわからないが…。

もし可能でしたら、この点でもう少しお話をお聞かせ願えませんでしょうか。
麻原オウム信仰を捨てた元信者の方の中には中沢新一さんから指導者を紹介してもらったり、語学を勉強してまでインドやチベットの正式な修行をするようになった人たちがいるようだ、というのは聞いたことがあります。また「精神の星座」という書籍の著者の文化人類学者にヨガの指導をしたのは元オウム信者だ、という不確かな情報があるようです。

妄想かもですがオウムという現象はこれからも何らかの影響を、特に精神的・霊的な影響を社会に与え続けることもあるのかもなぁ、と思ったりもするのです。
シャクティーパットや修行体験にみられる異様な力や現象の存在は、元信者の総括においてだけでなく、オウム事件を調べたジャーナリストや宗教家、学者らによる報告においても否定されていない場合があります。先の書籍の文化人類学者もどうやら元信者の指導で異様な体験をしたようです。

元オウムの方々はどこに行こうとしているのか。そして「元オウム」はどのような影響を社会に与える可能性があるのか。「元オウム」に触れた人々の中には何らかの影響を受け、そこから何かを生み出すよう人もでてくるのでは、といったようなことを思索してみたいのです。大げさかもしれませんが。

どうぞよろしくお願いいたします。
  • | 2016-04-25 | カルマ URL [ 編集 ]
      

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