シヴァ・ビンドゥ03

教祖はなぜ地下鉄サリン事件を指示したのでしょうか。村井秀夫氏が亡くなってしまい教祖が語らない以上、指示したということが推測にとどまるにしても、そのような重大な決定が教祖抜きということはありえません。
地下鉄サリン事件は動機がはっきりしないといわれています。現実的に考えると意味(動機)がわからない――地下鉄にサリンをまいた結果、教祖も教団も壊滅的な打撃をこうむるだけで利益がないとするなら、そこに宗教的な動機を考えるしかありません。そうすると答えは意外に単純なのではないかと思います。
それはサリン事件の実行犯の弟子たちが、「グルの意思の実践」「救済である」と、本気で信じて犯行におよんだと言っていることと同じ理由――教祖にとってそれがシヴァ大神の意思の実践であり、救済だと真剣に信じていたからではないでしょうか。
オウムでは「グルの意思は絶対」と考えて実践することが修行とされていました。故・村井氏のように修行ステージが高いといわれた弟子ほど、無思考の帰依をしようとしました。このような弟子の姿勢は、グルである教祖と教祖を導いてきたシヴァ大神との関係と同じものです。もし、オウムの神に対して教祖が帰依していないなら、どうして弟子がこれほどまでにグルに帰依しようとするでしょうか。
教祖は、シヴァ大神の意思を遂行するために、内なる声にしたがって地下鉄サリン事件を実行したと考えるのが、オウムの世界のなかでは自然だと思います。内なる声は信じる人にとっては「啓示」ですが、そうでない人にとっては「妄想」という狂気です。

では、シヴァ大神の意思とはなんでしょうか。それは「キリストになれ」ということでした。キリストになるとはどういうことでしょうか。教祖の説法によれば「ほふられた子羊」になること、さらし者になるということでした。さらし者になるのは当然、罪人、極悪人、最低最悪の人間です。
なぜ、悪になることが救済につながるというのでしょうか?
シヴァ大神の「キリストになれ」という意思によって、ほふられること――罪人として、極悪人として、最低最悪の人間として殺され犠牲(いけにえ)となることは、教祖が「最高の意識」と定義していたシヴァ大神の世界を、この世に実現することにつながるからではないか。言いかえれば、「最低」のものを通して「最高」のものがやってくる、という非常に奇妙な考えが成り立つからではないか。
しかし、「悪」であることが「救済」になるという、そんなばかげた宗教観が成り立つものでしょうか?

太極図を見てください。太極図は「陰極まって陽となる、陽極まって陰となる」という言葉が示すとおり、対立しているように見えるものは、その極まりにおいては正反対のものへと転換するという世界観です。古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは、これを「エナンティオドロミア」と言いました。

太極図
太極図

対立しているように見える「善」と「悪」、「最低」と「最高」などという対立物は、真実の世界(真理・全体性)では同じもの、あるいは同じように作用しているものだというのです。これをオウムでは「苦と楽は表裏」と言いましたし、「カルマの法則」が真理だといわれるゆえんです。他人になしたことが自分に返ってくるということは、自分と他人は同じだという真理をあらわしています。光あるところには必ず影があるように、陰と陽は切り離すことのできないひとつの全体です。しかし、最高のもの(善・光)が最低のもの(悪・闇)でもあるというパラドックスは、あまりにも矛盾しているために人は受けいれることができません。この真実は、とらえる側の分裂した意識が統合されたとき(サマディに入って)はじめて悟ることができるとされています。

太極図のなかに「陽中の陰」「陰中の陽」と呼ばれる点があります。これは陽が陰へと転換していく転換点であり、同様に陰が陽へと転換していく転換点です。

陰中の陽、陽中の陰

すべての人に忌み嫌われ、憎まれ、蔑まれ、罵られ、最低、最悪の人間の烙印を押されることは、人びとの意識から拒絶され、追い出され、捨てられ、遠ざけられ、無意識の闇のなかへ沈むことに等しいといえるのではないでしょうか。「頭に油をぬられた者」「ほふられた子羊」としてのキリストは、このようにして世紀の変わり目に、私たちの内奥に転換点として埋め込まれようとするものだとしたら。
「シヴァ」はリンガ(男根)であり、世界を「創造する力」です。「頭に油をぬられた者」「ほふられた子羊」は、人びとの意識の内奥へと侵入するシヴァ・リンガのビンドゥ(種子)として埋められ、来たるべき新しい世界の創造のために犠牲となる。これが「頭に油をぬられた者」として聖別された「キリスト」という象徴の意味なのではないでしょうか。

ほふられた子羊は、この世界にシヴァ大神の「最高の意識」、教祖の言葉を使うなら最高の光である「慈悲」があらわれるために、「最低の者」としてさらし者になり、転換する時代のシヴァ点として犠牲(いけにえ)になる――これがシヴァ大神の意思だと考えて、それを実践する僕(しもべ)として悪を犯していったなら…絶対的な悪そのものとなり、さらし者になり、殺されることが世界を救済することになるという妄想を中核にして、あの数々の惨い事件が引き起こされていったなら、これこそオウム事件の本当の恐ろしさであり、麻原彰晃の正真正銘の狂気性なのではないでしょうか。


2016年03月15日

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コメント

結論

>罪人として、極悪人として、最低最悪の人間として殺され犠牲(いけにえ)となることは、ーーー シヴァ大神の世界を、この世に実現することにつながるからではないか。

やはり、そういう結論になりましたか。上から目線に聞こえるかもしれませんが、自分などもそのように思ってます。
さてところで、(元TD師から見て)現実にその理想世界が実現しているという見立てでしょうか。もしくは、それはやはり教祖の妄想でしか無かったという見立てなのでしょうか。また、オウムに関係した事象で、今後新たな展開があるとお考えでしょうか。

元師の方が、このような総括をされたということに大きな意義があると考えています。つづく とあるので、続報を待ってます。
  • | 2016-03-15 | 匿名 URL [ 編集 ]

シヴァ大神・グヤサマジャ

はじめまして。

興味深く拝見しております。
オウム事件を調べるうちに、この団体と事件には現代の科学・心理学の常識ではまだ手に負えない人間の意識領域(クンダリニーや変性意識等に関係する領域)が深く(おそらく近現代史においては前例が無いほどに)関わっているに違いないと思うようになった者です。

オウムのいうシヴァ大神(グヤサマジャ)の起源について質問させてください。
これは麻原の信仰においてチベット密教のグヒヤサマージャやヒンドゥー教のシヴァ神と深いつながりがあるものでしょうか? それとも大いなる意識、霊的な力の源、対立するものの合一、オウムのいう「真理」をとりあえずシヴァ大神(グヤサマジャ)と名付けているものなのでしょうか?
それとも麻原個人が深い瞑想状態などの時に「神的な存在に出会う」といったような何らかの宗教的・神秘的体験がありそれが起源なのでしょうか?
どうぞ教えてください。
  • | 2016-03-16 | カルマ URL [ 編集 ]

Re: 結論

>つづく とあるので、続報を待ってます。

はい。結論が同じかどうかは・・・。
全四話で終わりますので、どうぞ最後までお読みください。
  • | 2016-03-16 | 元TD URL [ 編集 ]

Re: シヴァ大神・グヤサマジャ

> オウムのいうシヴァ大神(グヤサマジャ)の起源について質問させてください。
> これは麻原の信仰においてチベット密教のグヒヤサマージャやヒンドゥー教のシヴァ神と深いつながりがあるものでしょうか? それとも大いなる意識、霊的な力の源、対立するものの合一、オウムのいう「真理」をとりあえずシヴァ大神(グヤサマジャ)と名付けているものなのでしょうか?
> それとも麻原個人が深い瞑想状態などの時に「神的な存在に出会う」といったような何らかの宗教的・神秘的体験がありそれが起源なのでしょうか?
> どうぞ教えてください。

はじめまして。
コメントありがとうございます。

次回の「シヴァ・ビンドゥ04」で「シヴァ大神」についてはもう少しふれますので、それを読んでいただいてからご質問にお答えしたいと思います。オウムの元師で祭壇の絵を描いていた方の「風の彼方へ そして、いま、ここに在ること」というブログには、教祖からグヤサマジャを描くように依頼された経緯など書かれていますので、まずはそちらのブログの「グヤサマジャ前編・後編」を参考にしていただければと思います。
  • | 2016-03-17 | 元TD URL [ 編集 ]

世界没落体験

「世界没落体験」という精神科用語は、精神科の教科書では統合失調症のページに記載されている。以下URL.
  • | 2016-03-18 | 三橋 URL [ 編集 ]

非常に興味深いですね

教祖自身が語らない以上、このような教祖の内面の考察は非常に貴重だと思います。
次回を楽しみにしています。
  • | 2016-03-18 | 読者 URL [ 編集 ]
      

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