#03.ふたつの物語

オウムには大きく分けてふたつの物語がありました。
ひとつは弟子の物語で「解脱・悟り」と「救済」です。ある有名な宗教団体をやめてオウムに入った人は「あそこには解脱・悟りがないんだもの…」と語っていました。オウムに入るということは、「解脱・悟り」という精神の解放の物語を生きることです。
二千五百年前インドで解脱し、悟りをひらいたブッダを崇拝する宗教団体はたくさんありますが、「だれでも修行すれば解脱できる」というのはオウムの際立った特徴でした。
そして特に若い弟子たちの心を強くとらえていたのは、自己の喜びを捨てて他のために生きるという「救済」の物語でした。オウム事件の実行犯は全員「救済のためだと思ってやった」と言っています。

もうひとつは麻原彰晃の「救世主」の物語です。教祖は弟子を解脱に導く「グル」であると同時に、二十世紀最後に登場する救世主であるという強い自負がありました。救世主の物語は麻原彰晃個人のものです。私たちはこの物語の全体像を知らないままに、グルを信じてしたがっていました。科学技術省の弟子たちの多くも、「これはなにかヤバイ仕事のようだ…」と感じつつ指示どおり仕事をこなし、自分たちの作ったものが寄り集まってどこに向かっていくのか知る由もなかったでしょう(サリンプラントもそれとは知らされず作っていた)(1)。地下鉄にサリンをまいた五人の実行犯でさえ、麻原彰晃の想い描く救世主の物語のなかで、無謀なテロをしかけることにどんな意義があるのか理解していなかったという点については、事件を知らなかった私たちと変わらないのかもしれません。そうでなければ、無差別大量殺人テロなどという大それたことを実行しながら、まるで夢から覚めたかのように「だまされた」「そのときは救済だと信じていた」「そんなことになるとは思っていなかった」と言ってグルを非難するでしょうか。彼らを動かしていたものはいったいなんだったのでしょうか?

『でもそれと同時に僕はこの事件に関して、やはり「稚拙なものの力」というものをひしひしと感じないわけにはいかないのです。乱暴な言い方をすれば、それは「青春」とか「純愛」とか「正義」といったものごとがかつて機能していたのと同じレベルで、人々に機能したのではあるまいか。だからこそそれは人の心をひきつけたのではあるまいか。だとしたら「これは稚拙だ無意味だ」というふうに簡単に切って落としてしまうことはできないのではないかと思うようになりました。
ある意味では「物語」というもの(小説的物語にせよ、個人的物語にせよ、社会的物語にせよ)が僕らのまわりで――つまりこの高度資本主義社会の中で――あまりにも専門化し、複雑化しすぎてしまったのかもしれない。ソフィスティケートされすぎてしまっていたのかもしれない。人々は根本ではもっと稚拙な物語を求めていたのかもしれない。僕らはそのような物語のあり方をもう一回考え直してみなくてはならないのではないかとも思います。そうしないとまた同じようなことは起こるかもしれない。』(『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』より)(2)

オウムで「青春」とか「純愛」とか「正義」と同じレベルで機能していたもの、それは「救済」でした。ただ、ほとんどの弟子は麻原彰晃が生きていた救世主の物語の全体像を知らず、濁流に流されるように巻き込まれていったのだと思います。このような話は無責任でばかげたことに聞こえるかもしれませんが、戦前・戦中の日本を持ち出すまでもなく、ある種の物語は人を――特に集団を動かす力があって、個人の意思の力を超えて現実に展開していくものなのです。


(1)第七サティアンのサリンプラントについては、ANTHONY T・TU氏の著書『サリン事件』(東京化学同人)が詳しい。特に中川智正死刑囚に面接して聞いた話からは、地下鉄サリン事件前の様子がよくわかる。
同著によると、中川死刑囚は「教団は実験室規模でも第一過程の反応は行ったことがなく、いきなりの大量製造で、はじめから無理であった」と言っていた、という。
「第七サティアンではサリン製造の第三過程まで進んだ段階で終わり、第四、第五過程の設備はあったものの実際には使われなかった。日本でも世界でも、多くの人はオウム教団がサリンを第七サティアンで大量につくったと思っているが、それは事実とは違う。」(『サリン事件』ANTHONY T・TU著 東京化学同人 p70。下線は同著では傍点)
このように第七サティアンのサリンプラントは全体が稼動したことはなく(大小の漏れ・流出をよく起こしていたようだ)、大量のサリンが作られたことは一度もない。松本と地下鉄で使われたサリンは実験室で作られたものだった。
(2)『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』(新潮文庫)p86欄外。村上春樹氏の「オウムの物語の稚拙さについて」より。


2016年01月25日

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コメント

秘密ワークと救済

>まるで夢から覚めたかのように「だまされた」「そのときは救済だと信じていた」「そんなことになるとは思っていなかった」と言ってグルを非難

起きてしまった事件について今さら言っても泣き言にしかならないけれど、担当者方々はあまりに想像力に欠けていたのではないでしょうか、教義による縛りがあったにせよです。でもそうした人たちがあの教団で重用されていたわけですから、どうしようもない。一方、新實さんの様に信を貫く人を称賛する人が世間にいるのは分からなくはないですが、(仮定ですが)元TD師だったら、それらのワーク自体を拒否していたのではないでしょうか。お答えしづらいことを訊いて済みません。 人選して秘密ワークに従事させていたのでしょう。今はそんな風に思います。

>オウムで「青春」とか「純愛」とか「正義」と同じレベルで機能していたもの、それは「救済」でした。

同感です。いわゆる大義名分として、強力なスローガンとして機能していたと思います。幹部が在家衆を動かす際には、いつもそれでした。若い信者はそうしたスローガンに特に弱い(強力に作用する)と思います。実際、若い人が多く集う教団でした(当時)。

教祖個人の物語といったものは、残された説法の中にも散見されるはずです。自分の運命を語っている部分があったと思います。と言うことは、そこに集った者たちの想像力が欠けていたということになるのかもしれません。
  • | 2016-01-26 | 匿名 URL [ 編集 ]

Re: 秘密ワークと救済

コメントありがとうございます。

>元TD師だったら、それらのワーク自体を拒否していたのではないでしょうか。

そもそも私にそういうワークが与えられることはないだろうと思っています。
誰かが人選していたのは事実ですが、言い方としては微妙に違うような気がしています。私には軍事的クーデターというような物語(ファンタジー・幻想・妄想)に共感するところがないんですよね…そういう世界に感応しにくいというか…。そういう人に話は来ないでしょうということです。

仮定の話としては、私の上長だった東信徒庁大臣のサクラー正悟師から指示されたら、「なんで、そんなことするんですか?」と理由を聞くと思います。サクラー正悟師は「尊師の指示です」と言うと思いますが、私はそれではやりません(こう言われて「やらない」と返事をする弟子は少ないでしょうが)。「重要なことは尊師から直接指示を聞きたい」と主張するか、「そうですか」と一旦は受けて、のらくらしながら結局やらない、という道があると思います。前者は抜き差しならなくなる可能性があり、後者はワークが一人でない場合他のメンバーに引きずられることがあるとは思いますが…。
  • | 2016-01-27 | 元TD URL [ 編集 ]

Re:Re: 秘密ワークと救済

>そういう人に話は来ないでしょうということです。

実行犯となった人たちには、話が来るべくして来たということでしょうか。修行のためにそこに集ったのに、あまりにも…。それが加行だったということになりますけれど、その事情をもって、”運命” だとか”宿命” だとかと称してもいいものでしょうか。その結果が、「だまされた」「そのときは救済だと信じていた」「そんなことになるとは思っていなかった」ということになると、どうにも言葉がありません。
  • | 2016-01-28 | 匿名 URL [ 編集 ]
      

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