#02.村上春樹氏とオウム

この二十年の間にオウムについて書かれたものをずいぶん読んできました。私なりに「オウムとはなんだったのか」を書こうと思いたってから、昔読んだ記事や書籍を引っ張り出して再読してみたのですが、改めて興味深かったのは村上春樹氏の発言でした。
村上春樹氏のオウムについての文章は、不思議なことに加害者側にいる私が読んでもどこか癒される気がします。宗教学者や識者の分析的な文章とは違って、深みから見上げて全体を包み込むようにとらえるからでしょうか。そういう感じは他の人にはありません。以前読んだときには気づかなかったのですが、長い時間がたって私もオウムと事件を俯瞰できるようになったせいかもしれません。

村上春樹氏の発言で興味深かったのは、彼が「井戸を掘る」ようにして自分の内奥に降りて行って物語を書くことと、オウムの修行者が修行によって内側に深く入っていくことは同じところがあるのではないか、という感覚です。

「しかしそれと同時に、彼らと膝をまじえて話をしていて、小説家が小説を書くという行為と、彼らが宗教を希求するという行為のあいだには、打ち消すことのできない共通点のようなものが存在しているのだという事実を、私はひしひしと感じないわけにはいかなかった。そこにはものすごく似たものがある。それは確かだ。とはいっても、その二つの営為をまったく同根であると定義することはできないだろう。というのは、そこには相似性と同時に、何かしら決定的な相違点も存在しているからだ。彼らと話をしていて、個人的に興味をかき立てられたのもその点だったし、また苛立ちに似たものを感じさせられたのもその点だった。」(1)

さらに「オウムの物語」ということについてこんなことを言っています。

「こんなに多くの人を惹き付けるストーリー性とはいったいどういうものだったのか。そしてそのストーリーがどうして結果的にあれほどの致死性を帯びなくてはならなかったのか」

そうなのです。これこそ私がオウムについて理解したかったことです。あれほど多くの人間が強烈に惹き付けられたストーリーと、その結果の事件を「気が狂った教祖にだまされ、洗脳された弟子たちが引き起こした事件」という話にもならないようなハナシで納得することはできません。では、私たちはいったいどういう物語を生きていたのでしょうか。オウムと教祖の破滅という結末を含めた「オウムの物語」の全体像を、私はずっと探してきました。

「村上 ある意味できわめて象徴的だったのは、冷戦体制が崩壊してもう右も左もない、前も後ろもないという状況が現出したまさにそのときに、関西の大地震とこのオウム事件が勃発したわけですね。おかげで、それらの出来事をどのような軸でとらえるかということが、すっといかなかった。
河合 地震は天災だからちょっと違いますが、もし冷戦体制が続いていたら、オウムみたいなものは出てきにくいですよね。つまりどっちから見ても、目に見える悪がちゃんとあるわけですから。あれをやっつけないかんとか、みんな割に頭の整理がしやすいわけです。ところがその整理がつかなくなってどうしていいかわからんときに、ぱっとこういう変なものが出てくるわけです。
村上 僕はそれをストーリー性という言葉でとらえるんです。
河合 要するにストーリーの軸が失われたところに、麻原はどーんとストーリーを持ち込んでくるわけですね。だからこそあれだけ人が惹き付けられていく。その通りだと思いますね。
村上 そういう意味では才能があるというか、カリスマ性がありますよね。
河合 それはすごい持ってますね。
村上 僕は小説家としてそれがすごく気になるんです。こんなに多くの人を惹き付けるストーリー性とはいったいどういうものだったのか。そしてそのストーリーがどうして結果的にあれほどの致死性を帯びなくてはならなかったのか。そう考えていきますと、物語には善き物語と悪しき物語があるんじゃないかと、そういうところまで行ってしまいます。ここでまた悪とは何かという命題に立ち戻るわけですが。」(2)

(1)『約束された場所で』(文春文庫)p294。
(2)『約束された場所で』(文春文庫)p284.下線は引用者。


2016年01月21日

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コメント

No title

村上春樹の凄いところは自分がオウムについて素人であることを認識出来ているところだと思う。

>結果的にあれほどの致死性
については、初めから致死性を持ったストーリーだったということだけどね。

  • | 2016-01-21 | 元R師 URL [ 編集 ]

Re: No title

> 村上春樹の凄いところは自分がオウムについて素人であることを認識出来ているところだと思う。

元R師が村上春樹に反応するとは思いませんでした(笑)
そうですね、オウムの宗教的なところには踏み込まず、ひとつの閉じたシステムと人間という観点で終始オウムを語っていますね。
著名人でオウム側の人間(麻原彰晃以外の)にあれほど共感的な人いないと思いました。普通オウム寄りになるとずいぶんと叩かれるものですが、村上さんはそれもないですしね。
  • | 2016-01-22 | 元TD URL [ 編集 ]

No title

「アンダーグラウンド」と「約束された場所で」は読んだよ。
他の作品は読んでないけど。(笑)
  • | 2016-01-23 | 元R師 URL [ 編集 ]

Re: No title

> 「アンダーグラウンド」と「約束された場所で」は読んだよ。
> 他の作品は読んでないけど。(笑)

オウム関係者の必読書としては、それで十分ではないでしょうか。
私はもう少したくさん村上さんの本を読んでいますけどね。
  • | 2016-01-24 | 元TD URL [ 編集 ]
      

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