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番外編10.偶然と意味

八代、水俣、熊本市内、麻原彰晃が生まれ育った場所とその周辺をたどって、私はなんともいえない不思議な思いにとらわれてしまった。そこで見た風景、土地の名前、歴史の痕跡が、後に麻原彰晃がつくりあげたオウム真理教と、かすかに共振しているような感じがしたからだ。

出生地の「金剛村」という名称と、オウム事件の背景にある「金剛乗(ヴァジラヤーナ)」と呼ばれる教え。
麻原彰晃が親元を離れて寄宿舎生活をしていたことは、オウムという集団が家族と離れた出家生活を特徴としていたことに似ている。
盲学校は旧陸軍の土地に建設され、現在も近くに自衛隊基地(健軍駐屯地・西部方面総監部)がある。盲学校へ向かう途中、大きな軍事施設を目にしたとき、私は事件前の教団にあった「戦い」「軍事力」という雰囲気を思い出した。(大部分のサマナにとってあくまでも雰囲気でしかなかったのだが)
不知火海沿岸に広がった水俣病は、日本の化学工業の草分け企業チッソが海に流した廃液に含まれる有機水銀が原因だった(1)。水俣病という公害は、人類初の化学物質による自然破壊、いのちの大量殺戮ともいえるものだ。それから五十年後の一九九五年、麻原彰晃は首都東京で化学兵器サリンによる無差別テロを指示した。
そして、麻原彰晃とはまったく関係のないことだが、八代の対岸に見える天草諸島では四百年前に、預言された「救い主(キリスト)」があらわれ、戦い、破滅していった(天草・島原の乱)(2)。麻原彰晃は、自分は預言されたキリストであるという宗教的信念(あるいはキリスト妄想)を抱き、戦い、破滅していった。

ここにあげた出来事と麻原彰晃が後に行ったことの間に因果関係はない。金剛村に生まれたから後に金剛乗(ヴァジラヤーナ)を説いた、親から離れた寄宿舎で育ったので出家制度を採用した、水俣病が原因で目が不自由になったと思って社会を恨み攻撃した…そんなふうに短絡的にオウムの活動と結びつけることはできない。
それでも、麻原彰晃という人物を生み出した土地、風土に織り込まれているパターンというのだろうか、そこに刻まれている情報やイメージとオウムのどこかが共振していて、よく似た音色が聞こえてくるような感じがした。これはたんなる偶然なのか、それともなにか意味のある偶然なのだろうか。もし後者だとするなら、そこにどんな意味を見つけることができるのだろう。

(1)水俣病という公害は、加害者企業チッソと被害者住民という単純な対立構造ではとらえられない。当時の日本にとって工業による経済発展は国策だった。水俣の住民の多くは被害者であると同時にチッソという企業の恩恵を受けてもいた。そのため水俣病の原因究明は遅れ、被害は拡大したといわれている。
(2)八代の対岸にはっきりと見える天草諸島は、キリシタンと天草四郎ゆかりの地だ。「天草・島原の乱」は、江戸時代初期に起こった日本の歴史上最大規模の一揆で、幕末以前では最後の本格的な内戦である。当時の天草には、ママコフ神父が追放される前に残したとされる「世の終わりがやってきて、救い主があらわれる」という預言があって、天草四郎こそ預言の救済者だと信じられた。乱の首謀者といわれている天草四郎は、よくわからないところが多い人物だが、一揆の中心にいて神秘力をあらわした宗教的カリスマだったことはたしかのようだ。天草四郎にまつわる「神秘力」「預言」「終末」「キリスト」「戦い」そして最終的な「破滅」――これらも麻原彰晃とオウム事件の一面のキーワードと重なっている。



2015年12月15日

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コメント

大音響でマントラ

マントラを大音響で流すと雑念、疑念が消えて元気になる。
学校、コンビニ、会社などで流したほうが良い。
  • | 2015-12-17 | 三橋 URL [ 編集 ]

No title

結局歴史はフラクタル構造なのでしょう
(私は以前から思っていたことですが、ネットで調べると同じ様な事を言っている人が結構いますね)
だから、占いというものが成立するのかと
(ある算命学の大家の弟子から、占いは確率統計論と聞いたことがあります。)

ついでにもう一つ。あるマンガのセリフより
「どんなにデタラメに見える事件も 大きな流れの上
それぞれの役割として成り立っているものです」
  • | 2015-12-17 |     URL [ 編集 ]

意味付け

>なにか意味のある偶然なのだろうか。
>どんな意味を見つけることができるのだろう。

こう言っては身も蓋もないですが、それを考えることは妄想を膨らませるだけかと自分は思います。でも、長く出家されていた方のお考えも知りたいので、どうぞ自由にお書きになってください。

出家制度は、ヨーガや仏教を取り入れたからでしょう。公判でも語っていたように、むしろ、(ここに書かれているような)過去を捨てる、決別することが大事で、だからこそ宗教名を名乗った(弟子にも名乗らせた)のではないでしょうか? (教祖は在家ということの様ですが)出家社会とはそういうものではないかと勝手に思っております。
  • | 2015-12-20 | 匿名 URL [ 編集 ]

Re: 意味付け

> こう言っては身も蓋もないですが、それを考えることは妄想を膨らませるだけかと自分は思います。

コメントありがとうございます。私もそう思います。
偶然だと見るか、意味のある偶然と見るか、後者の場合、妄想を暴走させないためには「共時性」という原理の理解が必要になってくると思います。

> 出家制度は、ヨーガや仏教を取り入れたからでしょう。公判でも語っていたように、むしろ、(ここに書かれているような)過去を捨てる、決別することが大事で、だからこそ宗教名を名乗った(弟子にも名乗らせた)のではないでしょうか? (教祖は在家ということの様ですが)出家社会とはそういうものではないかと勝手に思っております。

もちろん、そういうことで間違いないと思っています。

  • | 2015-12-21 | 元TD URL [ 編集 ]

共時性

「意味のある偶然」という言い回しには違和感を感じますが、「共時性」という原理には興味を引かれます。今後の記事で、その原理的な仕組みについても触れていただけると有り難いです。
  • | 2015-12-24 | 匿名 URL [ 編集 ]
      

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