101.浮かび上がる声

ある晩、私は大量の出血をした。これまでと違ってひどい出血が止まらず、命の危険を感じて119番に電話した。
「あまりに出血がひどくて朝まで耐えられないと思います」
「今婦人科医が当直している病院を探していますが、近くにはないようです」
時計を見ると午前三時をまわっていた。
「そうですか…、朝まで待ってみます」
「持つかなあ…」と思いつつ電話を切った。
六時になって近所に住んでいる友人に電話をして、朝一番に車で近くの大学病院へ連れて行ってくれるように頼んだ。
病院に着いたときにはもう立つこともできず車いすに乗せられ、血液検査をすると「緊急入院です」といわれた。何本もの輸血がはじまった。大量の輸血をした二日後、子宮摘出手術を受けた。なにもかも緊急で進められ、輸血や手術が修行上悪い影響があると拒否できる状況ではなかった。

手術は無事終わった。
「あれよあれよという間だったなあ」
げっそりとしながらベッドの上でこの数日をふりかえる余裕が出てきて、同じ病室にいる隣人の様子にも気づきはじめた。
病室は二人部屋だった。カーテンを隔てて隣にいたのはタニヤマさんというおそらく七十歳くらいの婦人だ。少しボケが始まっていて、精神科での治療中にガンが見つかり婦人科で手術したらしい。夜中に何度もナースコールをして「薬ください」「痛み止めください」と言う。眠れないこと、身体が痛むこと、尿意が頻繁なこと、看護師を呼んであれやこれや何度も訴えるのだ。
呼ばれた看護師の対応はさまざまだった。タニヤマさんは相手をよく見ていて、話を聞いてくれる看護師に対してはあきらかに声色が違った。
「あなたは本当に優しい人ね。ありがとう。あなたほどかわいい人はいないわ」
相手をほめながら、タニヤマさんは自分のことを話した。
「主人が商社に勤めていてフランスが長かったからヨーロッパの国は全部まわったわ」
「息子も丸紅に勤めているのよ、商社マンの主人の影響でしょうねえ」
タニヤマさんの口からは一流大学や一流企業の名前がたくさん出てきた。

手術から四日もすると、カーテンで遮ったまま顔を合わせることも会話らしい会話もしていないのに、私はタニヤマさんの人生を大まかに思い描けるようになっていた。
ご主人と職場結婚し、高級住宅街に家を買い、娘さんが卒業した大学や勤めている大企業の名前、ご主人の趣味やタニヤマさんご愛用の高級化粧品の名前まで知っていた。
「あなたはほんとうにいい方ねえ」
タニヤマさんが看護師に呼びかける抑揚のあるちょっと甘ったるい声。ベッドでその声を聞くたびに私は「やれやれまたか」「人をほめるのがほんとにうまいねえ」と半ば感心していた。(私は人をほめるのがとても苦手なのだ)
一流商社にお勤めして職場結婚、優秀な夫と子どもがいて高級住宅街に家を買い、そして今少しボケはじめている婦人。
結婚もせず、子どももなく、財産もなく、一流企業どころか最悪のカルト教団にいた私。
タニヤマさんと私は天と地ほども違っていた。
最初は、あまりにも自分と違うタニヤマさんの様子をこう思っていた。
「ありえない…」
「こういう人いるんだ」
「ああいう媚びた言い方、絶対できないわ」
「女なんだよねぇ…」
自分とは対照的な女性を、私は半ば呆れ軽蔑していたのだろう。白いカーテンに遮られたまま、声と気配だけで自分と真反対の女性を四六時中意識し続ける、というのはちょっと不思議な状況だった。私は心身消耗の極みにいて、やっと少し息をついたときだった。

明後日退院という日だった。病室の白い壁をぼんやりと見つめながら、私はいつものようにカーテンの向こうにいるタニヤマさんと自分の両方を意識していた。
この病室はカーテンで半分に仕切ってある。あちら側にいるタニヤマさんと私は同じ女性だがすごく対照的だ。正反対の人間が同じ部屋に横たわっている。これは、どこかで…。
私はなにかにつきあたった感じがした。なぜか呼吸が深く、ゆっくりになった。
もし、私がタニヤマさんのように生まれたら、タニヤマさんの身体で、タニヤマさんの家庭で、そうしたら、やっぱり良い会社に勤め、優秀な男性を見つけ、子どもを一流大学にと思わなかっただろうか。 
タニヤマさんと私はそんなに違うのだろうか? 
条件が同じならば、私はタニヤマさんだったのではないだろうか。 
まったく正反対だと思っているこの女性は、実は私となにも変わらないのではないか?
それから、私は目をつぶって、記憶の奥から浮かび上がってくる声を聞いた。

「やっときたね」

それは二十年前に、オウムと出会って見た双子のヴィジョンとともに響いた声だった。
「ああ…」
心の底から、私はふるえた。
男の子と女の子という対極のペアが一緒にやってきたヴィジョンの意味を、そのとき私は悟った。
正反対のものは、対極のものは、そう見えるだけで、同じものだったのだ。
私と、私が見ているこの世界、私とタニヤマさんが、違うことがあるだろうか。
私の内側と、この外側には、真実、なんの区別もなかったんだ――


2015年10月23日

コメント

やっときたね

ふるえました。
私も元TD師も私の周囲の、嚇奕たる人達、またホモサケルと呼ぶべき生存の苦しみの渦中にある人達もなにも変わらないと思いました。
  • | 2015-10-24 | 海神 URL [ 編集 ]

No title

なんとか乗り越えたようでよかった。

僕は自分がどんな境遇に生まれ育ったとしても修行していただろうと思ってるけどね。

感覚的に捉えることが出来たみたいだけど、何の区別もない理由を言葉で説明出来る?
  • | 2015-10-24 | 元R師 URL [ 編集 ]

No title

全てが悟ってる状態のときなら、どう感じたのでしょうか?

  • | 2015-10-25 | No name URL [ 編集 ]

No title

みんなで啓発しあって スピーチしあって 悩んで そんなこんなで 時が過ぎてるんだなぁっておもいます
  • | 2015-10-25 | 三橋 URL [ 編集 ]

No title

悟りを開くための修行ということは、仏のような、思いやりのある人間になるための修行であるはず。
もっと早く治療しておけば、治療スケジュールは病院の都合でよく、輸血が少なくて済むから、消費する輸血用血液の消費量が少なく、国の負担する医療費分も少なくて済みました。
つまり、輸血拒否を最期まで貫かず、結局受けるなら、周りを思いやり、配慮できる人間なら、なるべく迷惑をかけないように早く受診すべきだったのでは。
実際の行為をこころがけずして、修行で思いやりのある悟った人間になるのは無理です。
  • | 2015-10-25 | シルバーストーン URL [ 編集 ]

私は、仏陀のいう悟りは煩悩を超越すること、そこにすべての魂が到達することだと考えます。
煩悩を超越しなければならないのは、煩悩が苦しみを生起させるからです。
そうすると、仏のいう思いやりとは、まず自己が煩悩を超越すること、そして他者が煩悩を超越するお手伝いをすることだと思います。
私は、元tdさんがすぐに病院で治療を受けることは簡単だったと思います。それでも治療を受けず、女性にとって極めて強い執着の対象になる子宮を摘出することになるまで、自分のカルマを甘受していたのですから、普通の人が執着するものを執着していなかったわけです。本当にそれが最善だったかどうかはさておき、このこと自体はさすがだなと思います。
  • | 2015-10-26 | No name URL [ 編集 ]

ラストシーン

感動しました。最初の双子は確か、漫画にもあって、
「ふーん、たまたまそんなビジョンを見たのでしょう」
というだけだったのですが、何となく印象には残っていました。
その謎解きが20年後にあったというのは、
実に感動的です。
ぜひ、この内容は出版して本にしてほしいと思います。
私自身も修行者にありがちな、凡夫を見下すような見方があったのですが、
なくなってきたようにも思えます。
ブログを読んで浄化されました。
ありがとうございました。

  • | 2016-06-26 | ライナス URL [ 編集 ]

Re: ラストシーン

> 感動しました。最初の双子は確か、漫画にもあって、
> 「ふーん、たまたまそんなビジョンを見たのでしょう」
> というだけだったのですが、何となく印象には残っていました。
> その謎解きが20年後にあったというのは、
> 実に感動的です。

読んでくださって、ありがとうございます。
自分が体験したヴィジョンについて、十年以上研究してきました。
オウムではヴィジョン解析をまったくしないので、
研究は、最初は真っ暗闇のなかを歩くようなものでした。
でも、ヴィジョンの意味を解明することが
オウムを解明することにつながると信じてやってきました。

双子のヴィジョンから「失われた少女の物語」まで
ひとつひとつが語りかけている意味を明らかにすることが
私にとっての修行だったのだな、と今では思います。

コメントをきっかけにそういうことについても少し書いてみようと思いました。
こちらこそ、ありがとうございます。
  • | 2016-06-26 | 元TD URL [ 編集 ]
      

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