10.クンダリニー覚醒

道場では、日常生活では聞くことのない「クンダリニー」という言葉をよく耳にした。
「修行の第一歩は、クンダリニーを覚醒させることです」
「イニシエーションを受けることによって、すみやかに安全にクンダリニーを覚醒させます」
「クンダリニーの覚醒なくして解脱はありません」
クンダリニーが目覚めることによって人は霊的に進化し、最終ゴールの「解脱」に到達するという。オウムで成就者として尊敬されるのも、クンダリニー・ヨーガを達成してからだ。
クンダリニーとともに「チャクラ」という言葉もひんぱんに使われていた。
人体の尾てい骨部分に眠っているクンダリニーが目覚め、背骨にそって上昇するにつれ、霊的なセンターである七つのチャクラが活性化して、超能力が現れてくるという。クンダリニーの覚醒は修行の本場インドではまれなことだといわれているが、オウムではシャクティーパットというイニシエーションによって、短期間で安全に覚醒できるというふれこみだった。
「クンダリニーを覚醒させるために、まず準備のためのヨーガコースの単位を満たして、その後できるだけ早くシャクティーパットを受けなさい」
入会案内をしたシャンティ大師は、そう勧めた。
ヨーガで健康になり、クンダリニーとやらが覚醒して解脱の境地が体験できるなら、悪い話ではないと思った。

クンダリニー、チャクラ、イニシエーション、シャクティーパットなど、オウムでは独特なカタカナ用語が氾濫していた。そして、社会生活を送りながら修行する在家信徒も、俗世を捨て出家しているサマナと呼ばれる専従スタッフも、ラクシュミーだのマイトレーヤだのカタカナの名前で呼ばれる成就者たちも、一丸となって「解脱」「救済」という崇高な目標をめざす勢いがあった。

シャクティーパット準備コースで、アーサナ、呼吸法、瞑想というヨーガの基本的な修行をしながら、私は学んだ行法を自宅でもするようになった。
その日も、組めるようになってきた蓮華座(結跏趺坐)という厳しい座法で、目を閉じて背筋をぴんと立ててすわっていた。
そのとき、「なにかが起きる」という感覚があった。
すると、耳の奥でゴーッという大きな音がしたと同時に、閉じたまぶたの下方から黄金色にうずまくねっとりとした光がものすごい勢いで立ち昇ってきた。
「あっ」というまもなく、まぶたの裏から頭蓋骨の奥まで、金色の光がはじけて広がった。まるで急上昇する巨大な黄金色の龍の輝くうろこをかいま見たようだった。
ぎょっとして目を見開いた。
「いったいなにが起こったの?」
私は自分の身体を見おろし、あたりの様子をうかがったが、どこにも、なにも変わったところはなかった。
道場に行って、シャンティ大師にこの出来事を話した。
「ふふふ…。クンダリニーの覚醒ですね」
ほほえみを浮かべて、当然のことだといわんばかりだった。どうやらオウムでは珍しいことではないようだった。



2015年03月01日

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