1.二〇一二年

地下鉄サリン事件から十七年の歳月が過ぎていた。長引いたオウム裁判も終わり、いよいよ教祖の死刑執行かとささやかれる頃、もう死んでいるだろうと噂されていた逃走犯の出頭・逮捕が続いた。
テレビに映るなつかしい顔を見ながら、私は愕然としていた。
「生きていたんだ…まるで亡霊を見ているみたい」
信じられない思いで、同じ年月「オウムとはなんだったのか」を考え続けた自分と、彼らの長い逃亡生活をくらべていた。
私たちは同じかもしれない。オウムと出会いそこに生きた。そして、オウムをやめようがやめまいが、信仰を続けようが捨てようが、オウムのなにかを生きているような気がする。
いや、オウムはまだ生きている、ということかもしれない。

私たちは真摯に仏道を歩んでいる者、「解脱(げだつ)・悟り」を追求する修行者のはずだった。ところが、地下鉄サリン事件が起こり、気がついたときには最も忌まわしい犯罪者、狂信者になっていた。
いったいぜんたいこれはどういうことなのだろうか? 
宗教者、識者、あるいは学者でもいい、だれかに教えてほしかった。オウムとはなんだったのか。私たちはどこでどう道を誤ってこんなところへきてしまったのか。オウムと事件について目につくかぎりの本を読んでみたけれど、私が体験したオウムはそこになく、なぜ事件が起きたのか納得のいく答えは見つからなかった。
オウムの後継団体アーレフにいながら、私は一人で「オウムとはなんだったのか」という答えを求め、考え続けた。
それは「宗教とはなにか」「霊性とはなにか」そして「悪とはなにか」という問いでもあった。


2015年02月20日

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コメント

No title

事件に関して自分なりに答えを探していてたどり着いたのが
「世界中の邪悪心を尊師は吸収されようとしたのではないか...」
                         でした。

>私たちは同じかもしれない。オウムと出会いそこに生きた。そして、オウムをやめ
>ようがやめまいが、信仰を続けようが捨てようが、オウムのなにかを生きているような気がする。
>いや、オウムはまだ生きている、ということかもしれない

同じように感じます。

私は未だに信仰を続けていますが退会した人たちと話す機会もあり その人たちも自分たちの周りで生じる様々な出来事(トラブルを含め)を結局は自然にカルマの法則や自己の心の現われと考えて四無量心で乗り越えている、それしかないし...。と良く聞きます。

短期間で深い意識に教えが叩き込まれたような気がします。

だから95年以降の激動の中を生きて来れたように思います。

このブログを友から教えられ読ませて頂いていますが 知らなかった中の様子が書かれていて懐かしく感じています。書いてくださってありがとうございます。これからの更新も楽しみに読ませていただきます。
ありがとうございます。


 

Re: No title

コメントありがとうございます。
そして、読んでくださってありがとう。

実を言うと…
「長々とこんなこと書いて意味あるのかな…」と思ってよく落ち込んでいます。
花水木さんの励まし、ちょうど良いタイミングでした。
なんとか最後までがんばりますので、どうぞよろしくお付き合いください。
  • | 2015-09-08 | 元TD URL [ 編集 ]

No title

ブログに書かれている事を子供たち(もういい大人ですけど..)にも話して 凄いねえなどと会話しております。
落ち込まずに(笑)書いてください。 

なが~い人生経験から
「全てが役に立つプロセスになっている」と感じるからです。

よろしくお願いいたします。
コメントへの返信ありがとうございました。こちらこそ 元気を頂きましたよ。


No title

ブログ主さんは、インド人のヨガの道場で、クンダリニーを覚醒させることの危険を説かれました。事実かどうかは別として、過去に、適切な師なしでクンダリニーを覚醒させて気が狂った人がたくさんいるとされますね。
また、行法はチベット密教から引用しているようですが、密教は、進歩は早いが一つ間違えると地獄への道になる危険性がある、とされます。ゆえに、密教をやる前には、顕教を勉強して正しい心構えを作り上げるように。それができるまで決して手を出さないようにと。三十七の菩薩行、入菩薩行論、般若心教や中論などの空の智慧の勉強をまずするようにと。
クンダリニー覚醒の危険、密教をやることの危険が事実かどうかは別として、麻原さんをはじめとして、古くから警告されてきた危険なことが起きたのではないでしょうか?顕教の勉強を全くせず、密教の行法をやったんですよね?
上祐さんが、オウムの修行には危険な行法があるので、自分たちが、危険性のない修行法を提供したい、と主張しています。上祐さんが宗教活動をやることが人として正しいかどうかは別として、みんながわからんわからんと言っている中、なかなかいい指摘ではないでしょうか。

宗教学者のほとんどは、おもしろいネタを探して検討して飯の種にしています。本気で宗教を信仰していない人が宗教を理解することはできません。
  • | 2015-11-02 | シルバーストーン URL [ 編集 ]

Re: No title

> 顕教の勉強を全くせず、密教の行法をやったんですよね?

いいえ。そんなことはありませんでしたよ。
功徳を積むこと、そして教学は基本でした。
  • | 2015-11-02 | 元TD URL [ 編集 ]

教学って、麻原さんの本だけですよね?

大乗仏教は、空思想で有名なナーガルジュナが体系化したものです。したがって、釈尊の思想を勉強しなければ仏教徒と言えないのと同様、ナーガルジュナのような数人の大乗仏教の祖たちを勉強せずして、解脱を目指してきた真剣な大乗仏教徒ということはできないはずです。

例えば創価学会なら、池田先生の著作だけで勉強して大乗仏教と言っているでしょうから、自称大乗仏教徒といくらでも名乗れますが、日本以外で、ちゃんとした大乗仏教の勉強をしている僧院なら、当然、大乗仏教の祖の著作を勉強します。一人の師の話しか聞かないということは絶対にありません。
  • | 2015-11-02 | シルバーストーン URL [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> 教学って、麻原さんの本だけですよね?

そうです。オウム真理教という新興宗教団体の基本的な教学についてお答えしています。
六道輪廻、カルマの法則、四念処、五蘊無我、十二縁起、六波羅蜜、四諦、八正道、五根五力、七覚支、四無量心。
基本的にこのようなことを教祖の解釈にそって教学します。

教祖の本以外では、南伝の経典、特に「預流相応」「諦相応(真理相応)」を読むこと。
チベット密教の教典を翻訳した教材もありました。
  • | 2015-11-03 | 元TD URL [ 編集 ]

単に麻原さんの教えが根本から間違っていたということじゃダメなんですか?
そもそも、どうして、仏教がヒンドゥー教の神であるシヴァ神を信仰する必然性があるのか。
新興宗教というのは、たいてい過去の他の教えを寄せ集めて作っています。ですから、なぜか小乗仏典だけ勉強し、しかも仏典に書いてないシヴァ神を信仰し、それで大乗仏教だと主張しても、仏教だと思っているのは当人たちだけでしょう。
既成宗教は、歴史上、それなりに教えを研究されていますが、新興宗教は、検証を受けるだけの時間がなく、教祖の主張がストレートに通ってしまいます。
  • | 2015-11-03 | アスター URL [ 編集 ]

教え

六道輪廻、カルマの法則、四念処、五蘊無我、十二縁起、六波羅蜜、四諦、八正道、五根五力、七覚支、四無量心

このようなメニューがある以上、麻原さんの教えが根本から間違っていたというご説は、元TD師側からすると受け入れ難いのではないでしょうか? そこは私も受け入れ難いところです。

オウムのシヴァ神は、ヒンドゥーのシヴァとは違うという話を聞いたことがあります。それではなぜ、本尊をシヴァ神(シヴァ大神)と命名しているのかは、私も知りたいところではあります。
  • | 2015-11-03 | 匿名 URL [ 編集 ]

No title

シルバーストーンさんも、アスターさんも、今まで色々な人が言い尽くしてきたことばかりで、今さら何を言いたいのだろうかと、失礼ながら疑問に感じました。元TDさんはそういうことを全て理解したうえでこのブログを書いていると思いますよ。^^

>単に麻原さんの教えが根本から間違っていたということじゃダメなんですか?

これは、そう思いたい人はそう思えばよいのでは?と思います。
そうではなくて、麻原さんの教えはとても正しく思えたのに、なぜおかしな結果になってしまったのだろうか、ということを元TDさんの視点から語っているのがこのブログだと思いますよ。

>どうして、仏教がヒンドゥー教の神であるシヴァ神を信仰する必然性があるのか。

厳密には、オウムのシヴァ神はヒンドゥー教のシヴァ神と全く同一ではありません。全ての真理勝者のグルである存在をシヴァ神と呼んでます。これについてはWikipediaのオウム真理教のページにも書かれていますのでお読みください。
  • | 2015-11-03 | ふー URL [ 編集 ]

No title

完結したということで、改めて最初から読んでみました。感想ですが、物語としては前半のほうが面白い。世間的にオウム事件が明らかになりだして、さて、これから佳境を迎えるのかなと思って読んでいたら、後半はなんか急に密度が薄くなったように感じました。村井刺殺事件や麻原逮捕なんてほんの数行。ニューナルコが影響しているのか、教団に興味が無くなってきたのか、元TDさんが書き疲れたのか、それともいろいろ複合的な理由なのかは分からないけど。最後残念だったのが数字の6がどうしたとか12がどうしたとか、オカルトというか、ただの数字遊びで終わっているところ。

私は修行なんて一切したことないけど、とんでもない幻覚や幻聴は体験したことがある。原因はある依存物質による離脱症状だったんだけど、結局脳内の電気信号の乱れだったわけで、科学的にも説明がつく。神秘体験、つまりチャクラがどうしたエネルギーがどうしたとかも同じことでしょう。修行して100メートルを3秒で走れるようになったとか水中で3ヶ月暮らすとか目から光線を出すとか、そういったものがあれば、そりゃ凄いけど、ただありがたがっているのは脳内の電気信号だけ。麻原は空中に停止していたって自分で言っていたけど、これただの嘘でしょ。将軍様の縮地法と同じ。

私は不可知論者だけど、それでも大地が割れて(海が割れてでも空が割れてでも可)背丈が何百メートルもあるヒゲのおじいさんが「ワシが神じゃ、崇めよ」って出てきたら、そりゃ信じる。なぜ脳内電気信号を発生させてくれただけのオッサンをそこまで信じるのかがわからない。
  • | 2015-11-06 | アンダルシアに憧れて URL [ 編集 ]

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  • | 2017-03-14 |   [ 編集 ]
      

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