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悪について思うこと

先日、オウムについて話を聞きたいという研究者の方とお会いしました。このブログも読んでくださっていて、会って最初にこんな質問をされました。

「悪とはなにか、ということについて、いまはどう考えていますか?」

それは、私がブログの一番最初に書いた次の文章についての質問でした。

『私は一人で「オウムとはなんだったのか」という答えを求め、考え続けた。
それは「宗教とはなにか」「霊性とはなにか」そして「悪とはなにか」という問いでもあった。』(「1.二〇一二年」)

「いきなり核心をつかれちゃったなぁ…」
私は少し答えにつまってしまいました。「うーん…」と言葉を選びながら、かろうじてこんなふうにお答えしたと思います。
「ずっと、私は悪のようなものとは無関係だと思っていましたから、悪について考えてみたこともなかったんです。でも、事件以降は、悪というものは私のすぐ近くにあるもの…という感じがしています。そうですね、悪は身近なもの、と言ったらいいのでしょうか…」
いま思い出しても、うまく説明できたとはとても思えません…。

ですので、オウムを通じて「悪」について考えてきたことを、整理を兼ねて少し書いてみようと思います。

教団にいた頃、私はオウムの人たちに、邪悪なものを感じたことは一度もありませんでした。私が知っている在家の信徒さんや出家修行者たちは、真面目な善き人たちで、皆、自分を高めようとしていました。他人を苦しめること、傷つけること、非難するようなこととはかけ離れた世界だったのです。それはオウム事件で死刑が確定している人たち――マスコミから「殺人マシーン」と呼ばれた林泰男死刑囚も、いまもなお教祖への帰依を公言して崩さない新実智光死刑囚も同じです。彼らはたしかに残虐非道な犯罪を犯しましたが、私はだれからも狂暴性や、冷酷さ、邪悪さを感じたことはありませんでした。人格障害や精神疾患などともほど遠い、普通の知性をもった個性のある人たちだったと思います。
教団をやめてから、私は一度だけ「ここはオウムと雰囲気が似ているなぁ…」と思ったことがあるのですが、それは母がお世話になった老人福祉施設でスタッフの方々と接したときです。損得勘定ぬきに、他人を助けたいと思っているので似ているのかな、なんて思いました。オウムもそんな雰囲気だったのです。

事件後、オウムの犯罪が明らかになるにつれ、私は思いました。
「これが悪というものなんだ…」
それまで私は、悪というものは暗くて、陰湿で、ひどくゆがんで、ねじ曲がったものだと思っていました。でもオウムが悪であるのなら、悪にはオウムがもっていた明るさや輝きや透明さがあるということになります。私が知っているオウムの世界と私が知らなかったオウムの犯罪――それらをひっくるめて「これが悪というものなんだ…」と考えていると、漠然と抱いていた悪の真っ黒なイメージが変わっていきました。私にとって悪の色は、もう単なる平面的な黒ではなくなりました。
もう一つ、悪について思うことは、大きな「悪」をこの現実へと担ぎ出すのは「善き人びと」なのではないか、ということです。善き人びととは、以前の私のように「自分は悪とは無関係だ」と思っていて、漠然と善いことをしたいと願っている――つまりオウムの人たちであり普通の人びとです。普通の人は、オウムなどとはかかわりたくないと思うものですが、だからこそ、オウムという悪について考えることの意味は大きいのかもしれません。

一緒に生活し、同じ目標を生きていた仲間が、十三人も死刑囚に、六人も無期懲役囚になってしまった…いったいこれはどういうこと? 私の人生にこんなことが起きるなんて、思いもしなかったことです。実行犯が皆、新実さんのように一貫して確信犯なら、こんなに不可解な思いはしなかったでしょう(賛同はしませんが)。彼らの多くが「救済だと信じてやってしまった」「こんなことになるとは思わなかった」「後悔している」と言うのを聞くと、「事件って、いったいなんだったんだろう…」そう考え続けずにはいられませんでした。


イリュージョン④「君の名は、シン・ゴジラ。」

一年以上も前のことです。
「麻原さんて、不知火の海からやってきたゴジラのような存在だと思うの…」
電話をかけてきた作家のTさんが開口一番そう言いました。
「は?」
最初はなんのことだかわかりませんでした。オウムの取材をしているTさんは、私にとっては突っ込んだ話ができるただ一人の一般の方です。メールのやり取りをしたり、会って教義や修行や事件の話をしていましたが、いきなり電話でこんなことを言ってくるなんて、Tさんはよほどこのひらめきを話したかったのでしょう。
広島・長崎への原子爆弾投下と敗戦、ビキニ環礁水爆実験と第五福竜丸の被爆…ゴジラという存在は、日本が経験した「核」による破壊と犠牲の象徴のようなものではないか、ゴジラが近代科学兵器の落とし子なら、“アサハラ”は同じように水俣事件に代表される近代資本主義の落とし子、日本の近代化によって破壊され犠牲となったものの象徴的存在と見ることができるのではないか――Tさんが熱心に語る災厄と犠牲と鎮魂の話を聞きながら、私はぼんやりとそんなふうに理解していました。

私はずっと、麻原彰晃という宗教家が生まれた時代、そしてオウムという宗教団体を作り、霊的覚醒を強く求め、破滅していったことの意味を模索していたので、「ゴジラ」と「アサハラ」が似たような存在ではないかというとらえ方は、オウムという現象をつかむ一つの手がかりになりそうな気がしました。さっそく図書館へ行って、Tさんが紹介してくれた『ゴジラとナウシカ』と、本棚で目についた『ゴジラの精神史』という本を読んでみました。

一九五四年十一月に公開された初代『ゴジラ』制作の背景には、アメリカによるビキニ環礁水爆実験と、第五福竜丸乗組員の被爆という事件があり、怪獣娯楽映画『ゴジラ』はたしかに「反核」の精神を宿していました。そして、『ゴジラ』公開から三か月後の五五年三月二日、麻原彰晃は不知火海沿岸の金剛村に誕生します。そのころすでに不知火海の水銀汚染は進み、翌五六年には最初の水俣病の患者が公式認定されています。
このように照らし合わせてみると、Tさんの「麻原彰晃という存在は不知火海からやって来たゴジラのような存在ではないか」という一見突飛なアイディアも、それほどおかしな話ではないのかもしれません。
ちなみに日本のゴジラ映画シリーズは二〇〇四年公開の第28作『ゴジラ FINAL WARS』で終了しましたが、これは麻原彰晃の一審死刑判決が言い渡された年でもありました。その後、控訴の手続きが意外なかたちで突然打ち切られ、一審の死刑が確定してしまいます。はじまりと同じように、ゴジラとアサハラの物語は時を同じくして終了したのです。

『ゴジラ FINAL WARS』から十二年後の今年、ゴジラは『シン・ゴジラ』として再びよみがえりました。そして、一か月遅れて公開され今なお大ヒット中の映画が『君の名は。』です。
私は『君の名は。』と『シン・ゴジラ』を続けて観たのですが、まったく違う映画なのにその中核にはよく似たイメージがあることに気づきました。
『君の名は。』という物語の主軸になっているのは「ティアマト彗星」の飛来と破壊なのですが、長い尾を持つ彗星は、古代から天空の蛇である「竜」のイメージと重ねられていました。一方のシン・ゴジラは、最終形態では胴体が118.5メートル、尾っぽの長さは200メートルを超えます。身体に対してアンバランスなほど小さい手(前肢)を持つシン・ゴジラは、長い身体をうねらせるようにして街を破壊していきます。私には、「ティアマト彗星」と「シン・ゴジラ」という巨大な蛇(竜)が、天空と海底からやってきて爆発的ヒットを生み出したように思われました。蛇や竜といったクンダリニーの象徴には、破壊的でありながら同時に正反対のものが結びついて生まれるダイナミックな創造のエネルギーがあります。
ところで、『君の名は。』のヒロイン三葉が住んでいる田舎町のモデルは私の実家のある町で、今では聖地巡礼と称して大勢の人が訪れる映画に出てくるあの図書館は、まさにこの「オウムとクンダリニー」を書いていた場所なのです。
どうやら映画を観た私のなかで、ゴジラとアサハラ、『君の名は。』と『シン・ゴジラ』が結ばれてしまったようです。

*******
Tさんの「アサハラ・ゴジラ説」はいろいろなことを考えさせてくれましたが、記事に全部盛り込むことができませんでしたので少し補足します。
ゴジラ映画が28作も作られていたなんて驚きでした(アメリカで作られたものは含めません)。日本人にとってゴジラは特別な存在で、“荒ぶる神”のようなものかもしれません。同じことが原子爆弾(核エネルギー)についてもいえるのではないでしょうか。広島・長崎の被爆、第五福竜丸の被爆、福島の原子力発電所の事故という甚大な被害をこうむりながら、今なお日本人が原子力政策の根本を見直さないのは、核エネルギーに“荒ぶる神”を投影しているからなのかもしれません。原爆の父と言われている物理学者のオッペンハイマーも「原子力は生と死の両面を持った神である。」と言っています。このように相反する両面を持った神は――オウムの本尊「グヤサマジャ」も同じですが、破壊力と創造力が結びついた莫大なエネルギーを有しています。この神のエネルギーに魅せられ、とり憑かれる(同一化する)とき、無意識のうちに人はどのように行動するようになり、その結果なにが引き起こされるか…それこそオウム事件から学ぶことのできる貴重なストーリーだと思います。

※関連する過去記事もどうぞ⇒「番外編07.水俣」「#06.核時代のグル」「102.グヤサマジャ」「シヴァ・ビンドゥ04



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