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ご質問を受けて

ブログの読者の方から以下のようなご質問がありました。(やりとりの詳細は「64.黙示録の神とキリスト」のコメント欄を参照ください)

はじめまして、いつもブログ拝読させていただいています。
一つ気になったのですが、テーラヴァーダを最高の道だと説いている出典は麻原氏の著作の中にも見られますか。また、もし著作中にあるのであれば麻原氏のどの著作でしょうか。
突然の質問で申し訳ありません。
部外者の私から見ているとオウム真理教の教義や修行はクンダリニーヨーガやナーローの六法などのチベット仏教(その中でも密教)的な要素がかなり濃いように見えていたので、テーラヴァーダを最高の道と位置づけている麻原氏のその発言がどのような文脈の元に語られているのか気になり質問させていただきました。
もしよろしければ教えていただければと思います。

このブログは、私個人の体験を読み物的に書くことに徹したもので、オウム真理教の教義について正面から取り上げていません。私がさっと書き流した教義の説明を読んで、ご質問のような疑問を持たれることは当然だと思います。「オウムはヨーガなのか密教なのか仏教なのか」という疑問もよく耳にするもので、なかには「ヨーガや仏教やキリスト教のいいとこ取りのパッチワーク宗教」などと、おそらくオウムの教義を検討しないままに書かれていることもあります。
ご質問をいただいてあらためて教祖の著作を何冊か読み返してみました。『約束の大地』という著書に、教祖がラオスの仏教協会のビシェット・シンハラ大師との対談で、日本の仏教とオウム真理教についての質問に簡潔に答えているものがありましたので一部をまずご紹介します。

「(ビシェット・シンハラ大師)今度はあなた方の国の仏教や、あなた方の団体について知りたいと思います。
(尊師)それではまず、日本の仏教からご説明しましょう。日本には大乗仏教というものが昔伝えられました。しかし、それは原始仏教ではないのです。結局、仏教的土台、原始仏教というものが伝わっていなかったがために、その仏教は揺らぎ、神道と融合された形で発展してきました。神道というのは、要するにアニミズムです。揺らいだというのは、仏教が衰退したということです。
今から百数十年前に明治維新が起きて、そこで完全にいったん仏教が崩壊の危機に入りました。いわゆる廃仏棄釈運動です。これが一段落した後に、文化遺産として仏教寺院が尊重されるようになりました。
結局仏教というものはどうなったかというと、完全に儀式化されて、僧も修行しないし、勉強もしないし、ただ葬式とかそういうときに出るだけであって、だいたい現在では掛け持ちしています。いろいろな学校の教師と僧を掛け持ちしていたり、幼稚園を経営していたり。
で、オウム真理教とはなにかというと、オウムとはA・U・Mという三音、これはサンスクリット語で無常を表わしています。そして真理の教えと。では、このオウム真理教の教義とは一体何かというと、要するにパーリ仏典、これはスリランカに伝わったもの。それと北伝系のチベットに伝わっている小乗、大乗、それからタントラ・ヴァジラヤーナの教え、これを根付かせるために設立されている団体なのです。出家した弟子がだいたい七百名(引用者注・1991年9月当時)。そして日々真理の実践をしている在家の信徒が約五千名。オウム真理教の書籍を読んでいる人はトータルで十万人くらいいます。
(ビシェット・シンハラ大師)ラオの仏教は、自分のお金を持つことなく、すべて人からのお布施で賄われていますが、あなたの団体はどうですか?
(尊師)同じです。ただ、少し違うところもありますね。出版、アニメーションの制作、あるいは『死と転生』(真実の死と転生を再現したオペレッタ)の公演とか、すべて出家修行者がやっています。つまり、布教活動の一環として出家修行者がやっているわけです。だから、その出家修行者というのは、純粋に瞑想修行するときと、それから、そういう活動をするときと二期に分かれます。」(『約束の大地』ラオス編より)

『約束の大地』は、ラオス、チベット、インドの仏教ゆかりの地への巡礼を記録したもので、それぞれの土地で教祖が語ったヨーガ、密教、仏教についての見解が掲載されています。ヨーガと仏教の違い、マハー・ニルヴァーナの状態、修行と瞑想ステージについてなど、オウムの教義の核心部分をコンパクトに知ることができますので、少し専門的になりますがそこからさらに引用しておきます。ご質問にあった、オウムにおけるヨーガ、チベット密教、南伝とのかかわりについて教祖の考えをある程度知ることができると思います。(より詳しく知りたい方は、同著の「ヨーガの最終段階は仏教に至る」という講話を参考にしてください)

「(尊師)……まず、ヒナヤーナの教えで土台を固めると。そして、ディーティの瞑想、つまり、神々に至る瞑想によって――オウムの場合は、ツァンダリーとかグルヨーガとか、グルヨーガ・マイトレーヤの瞑想だとかがあるよね。まずそれらの瞑想によって、意識を高い世界へと合わせていくと。そして、最終的にはチベット密教のカギュ派の場合、マハー・ムドラーというものがあると。ニンマ派の場合、ゾクチェンというものがあるわけだけれども、これは何かというと、要するに空の瞑想なんだよ。無色の瞑想と。――オウム真理教ではこの言葉を使っていないから、非形状界の瞑想という方が正しいのかもしれないけれど、つまり、データに対しての綜制を加えるということだ。では、これは南伝系ではどういう言葉を使っているのかというと、有熟考にして有吟味と。これから入っていくわけだね。つまり第一静慮ということだね。そして、第二静慮、第三静慮、第四静慮と入っていくというプロセスだよね。……。

(尊師)これは、大昭寺のヘッドであるロサン・プンソムという方とお会いしたときに、ブッダ・フッド、つまりマハー・ニルヴァーナについての話をしたわけだけれど、そのマハー・ニルヴァーナの定義が、ヒナヤーナ、マハーヤーナ、タントラ・ヴァジラヤーナとともに同じであると。で、そのマハー・ニルヴァーナの状態というものが、今オウム真理教で説いている真我独存位の状態、絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の状態であるということ、これも一致していると。これから考えて、今のオウム真理教の教えそのものの体系に矛盾がなく、しかも、世界宗教の根源的な教えであるという確信を得たというのがわたしにとっての一つの大きなメリットであった。
……教典群によるチェックはしてはいたけれども、例えば、マハー・ニルヴァーナというのは、こういう状態であるという教えはないんだよね。で、近ごろ、どうもそうじゃないかなと思い出したのは、パーリテキストをチェックしていて、アートマンという言葉がよく出てくるんだね。このアートマンというのは、これはよく使われているヨーガの言葉で“真我”という意味なんだよ。このアートマンが、例えばアートマンと合一するとか、アートマンによって煩悩を破壊させるとか、アートマンの独存位に到達するというような教えが、例えば『転輪獅子吼経』なんかに出てくるわけだよ。で、「やはりそうか」と。つまり、ヨーガと仏教は同じ流れであるということに確信を持ったんだね。そのときに。わたしの、オウム真理教の教えというのは、どうしてヨーガと仏教が同じ流れにあるんだ、と、よく質問されるけれど、それは愚問である、と。というのは真理勝者(如来)の道は一本の道であると。つまり、まず覚者(=供養値魂<阿羅漢>=三つの状態に目覚めた者、三つの状態とは絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜。この場合、小乗における覚者を指している)に到達するためには、その純粋アートマンの状態に至るべきなんだということなんだよね。で、まあ、そういう土台があってチベットへ来て、そのマハー・ニルヴァーナの状態を聞いて、そのマハー・ニルヴァーナの状態とヨーガの最終段階が完全な一致を見たということ。ま、実際は完全な一致とは言いづらいんだけどね。その言いづらい理由というのは何かというと、化身の数とか、それがちょっと違うわけだけれど、つまり、あの覚者の状態でよしとしていたものを真理勝者の状態にまでもってこなければならないと。これはもう際限ない功徳が必要なんだけど。……
つまり覚者から真理勝者への道、これがまさにヨーガと仏教の違い。無数の化身を出すとか、あるいは空の広大なる広がりとか、そういうものを追求していく修行体系が仏教なんだよね。……
……大乗の修行、四無量心を培う修行によってその人の空、つまり無色、非形状の状態は広がり、それに応じて当然形状の化身の数、報身の数、これが変わってくるということなんだね」



オウム世代のオウム観

最近読んで共感したブログ記事をご紹介します。

「PSYCHO-PASS サイコパス」と比喩
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2016/06/psycho-pass-292.html

この記事に書かれているオウム事件の理解、短い文章によくまとめられて核心をついているなあ、と感心しました。オウムにいた私もfinalvent氏と同じ理解です。

私がfinalvent氏の「極東ブログ」を読むようになったのは、何年か前に過去記事のなかに私の発言が間接的に取り上げられているのを見つけたことがきっかけでした。

あの時代、サリン事件の頃
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/03/post_3708.html


「あー、懐かしい、このインタビューを受けたのは私だわー」
事件後すぐ、オウムにはさまざまなメディアが取材に訪れました。そのなかで女性の出家修行者にインタビューしたいという取材申し込みがあって、上祐氏から女性サマナ数人に取材を受けるよう依頼がありました。当時、私は広報部で上祐氏の部下でしたから、上長の指示だという感覚でインタビューを受けた記憶があります。このインタビューのことはすっかり忘れていたのですが、オウムをやめてからインターネットでオウムについて調べているときに、finalvent氏のこの記事を見つけました。
「フェミニズムは何も答えてくれなかった―」というのは私のインタビューからとったものだと思います。(ほかの女性サマナはフェミニズムの話はしなかった)。タイトルだけ読むと、フェミニズムに見出せなかった答えをオウムに求めた元フェミニストというイメージになると思います。でも、事実は違います。私はオウムに入る前、どんな主義主張にも傾倒したことはありませんでした。大学は福祉系で、陰で「アカ大学」と呼ばれるほどいわゆる「民主的」な教授や学生がいました。同級生から「赤旗、日曜版でいいからとってくれ」と頼まれることもありましたが、ノンポリの私はスルーしていました。信頼していたゼミの担当教授が共産党員だったこと、大学の親友が「日曜版」の購読者だったことで、私は民主的と呼ばれる人がどんな考え方をするのか身近に知っていました。そして、大学を卒業して社会人になってから知り合った友人が自称フェミニストでした。私は彼女からベティ・フリーダンやその他のフェミニストの本を勧められて読んでいました。インタビューを受けたとき、そのインタビュアーが書いた高群逸枝についての著書を読んでいることを話すと、とても驚かれたのを覚えています。オウムというカルト教団と共産主義ならなんとか接点を見出せそうですが、フェミニズムとなるとかなり難しいでしょうね。
というわけで、オウムに入る前に私が身近に接していたのは左翼思想とフェミニズムだったのですが、どちらもどこかしっくりきませんでした。じゃあ、オウムがしっくりきたのかといわれると、それもぜんぜん違うんですけどね…輪廻転生とか欲六界を信じている人たちとこんなに長くおつき合いして、そこに自分も染まっていくことになろうとは、正直夢にも思いませんでしたよ…。


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