スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

密教と竹筒

いわゆる精神世界の道というものは、いったんその道に入ったが最後もう戻ることはできないものなのかもしれない。オウムの出家者で事件後すぐにやめた人が書いた『オウムからの帰還』という本が出版されたとき、私は本の題名を見てつくづく思ったものだ。「オウムから帰還するといったって、私たちはいったいどこへ帰れるというのだろうか?」と。
いつ頃かは忘れたが、教祖は説法だったか談話だったかで「密教の道に入るということは竹の筒に入った蛇のようなもので、一度入ったらもう引き返すことはできない」という意味のことを言っていた。たぶん蛇の身体は後ずさりするということができない構造なのだろうし、竹筒に入ってしまったならくるっとまわって方向転換をすることもできないだろうし…。この竹筒のイメージはなかなか強烈で、「それは戻れないよねえ…」なんて妙に納得してしまう。もちろんオウムは密教だったのだから、「オウムからの帰還というのは、残念ながら、ないよね」と思っていた。
では、オウムをやめたあとどこへ行ったらいいのだろう。私たちが竹筒に入ってしまった蛇だとするなら、とことん先まで行ってみるしかないんじゃないか。竹筒の反対側から顔を出したとき、そこにどんな景色が見えるのかはわからないが…。

(一か月更新しないと広告が出てしまうので、それを消すためにメモ書き程度の文章を更新しています)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。