カルト教団の子ども

先日、「マフィア根絶への試み、一族の子に別の人生を」という記事が目に止まりました。イタリアのマフィアの子どもに、組織以外の人生の「選択の自由」を保障しようとするプログラムの内容を読んで、あらためてオウム真理教の後継者とされた教祖の子ども(三女・当時アーチャリー正大師)の困難さについて思いました。(末尾の記事を参照)

三年ほど前だったと思います。実家にいる私の携帯電話に見知らぬ番号から着信がありました。
「だれだろう?」
少し不審に思いながら電話にでてみると若い女性の声で
「TD師ですか?」
「ん?」どこか聞き覚えのある声です。
かすかに舌足らずなところのあるしゃべり方は、もしかして…。
「あっちゃん、ですか?」
「そう。お久しぶりです!」
「おおー、お久しぶりですねえ、元気ですか? 何年ぶり? いわき以来だから…十七年だよ!」
三女アーチャリー正大師からの電話でした。

1996年の末頃、私は福島県いわき市でアーチャリー正大師のグループで一年ほど過ごしました。当時の私は、かなり精神不安定な状態で、「正大師」だったアーチャリー正大師なら、適切な指導をしてくれるだろうと期待していました。ところが、いわきで一緒に生活してみると、正大師は本当に普通の女の子で(当たり前のことですが)、正大師自身修行はしないし、私たちを指導する気もなく、「修行の指導を期待する方が間違っている」と思わざるをえませんでした。そういう正大師に失望したのか、グループからいなくなるメンバーもいました。また、私もいわきの物件から退去するのを契機に、正大師から離れて教団の修行施設に行って修行することにしたのです。(この間の事情は「89.いわきへ」「90.学校へ行きたい」を参照)

そのときから二十年近くのあいだ、アーチャリー正大師とは電話で話すことも、メールのやり取りをすることも、もちろん会うこともありませんでした。正大師が合格した大学から入学拒否されたことなどは、報道を通じて知っていましたが、私は正大師がどこでだれと生活をしているのか、どんなことを考えているのか、スタイルはぽっちゃりのままなのか、いわきで執念を燃やしていたダイエットが功を奏してスリムに成長したのかも知りませんでした。
なつかしい声を聞き、お互いなんとか元気で過ごしていることを報告しあったあと、私は「どうしたんですか?」と、アーチャリー正大師が電話をしてきた理由をたずねました。
「うん…そろそろ、自分と向き合おうと思って。観念崩壊セミナーのことで聞きたいことがあるの…」
「観念崩壊セミナーですかぁ!? それはまたずいぶんと大昔の話ですねえ…」
正大師が電話をしてきたのは、「父が逮捕されてから一晩眠るたびに記憶が消えていっちゃって、特に『観念崩壊セミナー』のことはひどいトラウマになっていて記憶が欠落してる部分があるから、セミナーの修行監督をしていたTD師にセミナーのことを確かめたい」ということでした。
たしかに、あのセミナーは後半になると修行から逸脱したようなことも行なわれ、それを聞いて参加するのを恐怖する人もいました。(「88.観念崩壊セミナー」参照)

「私が、断食の後に大量に食べるように指示をして、救急車で運ばれたサマナがいたという話になっているんだけど…。私、あの頃、まだ子どもで無知だったといっても、いくらなんでも断食の後にいきなり大量に食べさせるなんてことするかなぁ…と思うんだけど…」
それを聞いて、私ははっきりと言いました。
「それは誤情報です。救急車で運ばれた人のことはよく知っていますが、断食はしてませんでしたよ。それに、あのセミナーでなにがあったとしても、まだ十三歳だったあっちゃんに責任はありませんよ。責任があるとすれば、修行監督をしていた私たち大人の責任です」
正大師は黙っていました。
「いいですか。もう一度言いますけど、だれがなんと言おうと、あのセミナーについては、当時まだ子どもだった正大師に責任はありませんからね」
アーチャリー正大師は、電話の向こうで静かに泣いているようでした。

その後、アーチャリー正大師が――今はもう松本麗華さんと呼びますが、『止まった時計』を出版すると、上祐氏の「ひかりの輪」のサイトで本の内容が批判されていました。「観念崩壊セミナー」についても、私と同じようにセミナーで修行監督をしていた人が、すべてがアーチャリー正大師の責任だったといわんばかりでした。
なぜ同じ場所で監督し指導していた大人が、十三歳の少女一人に責任があったと思うのでしょうか? オウムのなかにどっぷりはまっていた当時なら、ステージが一番高い「正大師」に責任があったと思うのは仕方がないでしょう。しかし、オウムを批判し、脱会している今もなお子どもに責任があったのだと思っているのなら、その人はまだオウムの霊的ステージを信じているということになります。

『止まった時計』を読んだとき、私は「この人はこんなに繊細な感受性をもっていて、よくあの状況を正気で生きてこられたな…。十三歳のとき自分の名前も書けなかったのに、本を一冊書くなんて、本当によく頑張ったよ…」と感心しました。
松本麗華さん本人に対しては当然賛否両論あるでしょう。私は、オウムという団体、特に末期の狂気じみた状況を生き抜いた子どもに対しては、「さぞ大変だったでしょう…」という気持ちしかありません。社会から公正な援助があるわけでもなく、それどころか就学や就労を拒否され、教団からは「正大師」であることを求められたティーンエイジャーが、そこから自力で脱却する――自分の親を憎まず、自分の未来を自分で選ぶこと――は、どれほど困難だったでしょう。カルト教団の子ども(後継者)というのは、社会からも教団からも、二重に虐待されてきたといえるのではないでしょうか。


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●マフィア根絶への試み、一族の子に別の人生を イタリア
7/17(月) 13:07配信

【AFP=時事】世界で最も秘密に閉ざされている組織の一つ、イタリアの悪名高きマフィア「ヌドランゲタ(Ndrangheta)」は、血縁とファミリーの忠誠によって権力が受け継がれてきた。しかし、祖父や父、おじたちと同じ道をたどり刑務所暮らしをさせぬよう、同国南部の裁判官らが、マフィア一族の子どもたちを保護下に置くプロジェクトを推し進めている。

 当初、このプロジェクトは論争を巻き起こし、特に教会は子どもらを家庭から引き離すことに反対した。だが犯罪が横行するカラブリア(Calabria)地方でプログラムが始まって4年、政府は子どもたちを引き取るだけでなく、全国の他のマフィア拠点でこの計画を適用する合意書に署名した。

「リベリ・ディ・シェリエレ(選択の自由)」と呼ばれるこのプログラムでは、これまでに40人が全国の里親家族の元や所在が伏せられた地域へと送られている。10代の少年らに、家族を裏切っていると感じさせることなく、闇世界の外の世界で人生を築かせることが狙いだ。

 心理学者のエンリコ・インテルドナート(Enrico Interdonato)氏(33)は、このプロジェクトにボランティアで参加する一人だ。
インテルドナート氏は「彼らは、自分たちの町の犯罪史を体現する一族を継ぐ定めの王子として育てられている」とAFPの取材に語った。「彼らの父親はほぼ全員が刑務所暮らしをしている、もしくは死亡しており、いとこや兄弟も刑務所に入っているケースが多い。小さなカラブリアの町の閉ざされた社会の中では、だれもが彼らを知っており、彼らは一族の名を背負って生きるのが義務だと思っている」

 このプロジェクトでは、「リスクにさらされている」未成年者らが、南部の都市レッジョ・カラブリア(Reggio Calabria)の少年裁判所によって家族から引き離され、学業を終える機会を与えられる。希望者は18歳になると職探しの援助を受けられる。

■一族がしてきたことを知る機会
 インテルドナート氏は、「マフィア一族の跡継ぎであることは、義務を意味すると同時に、多大な経済的・社会的権力にアクセスできるという特権をも意味する」と語る。

 マフィアの少年らはブランドの服を着て、地元では恐れられたり尊敬を受けたりする。だが「体と脳がまだ発達段階にあるという面では彼らも他のティーンエイジャーと同じだ」と、インテルドナート氏は指摘する。

 個々のケースで違いはあるが、親族が殺されたり夜間の一斉検挙で警察に身柄を拘束されたりするのを見ると、彼らはまず「感情的に硬直」し、心に傷を負う。

 インテルドナート氏はいったん子どもたちとの関係が築かれると、彼らをアディオピッゾ(Addiopizzo)協会が組織する会合に連れて行く。同組織はマフィアの恐喝を糾弾する、犠牲者らによる草の根運動だ。

「警察がマフィアに潜入するように、われわれは反マフィアに潜入する」と、インテルドナート氏は冗談交じりに語った。子どもたちには、伝統的にマフィアの「敵」と見なされている人々の顔を実際に見て、マフィアがその人たちに何をしてきたかを知る機会が与えられるという。

 インテルドナート氏は、「血縁を切らせたり、子どもたちに父親を憎ませたりしたい者は誰もいない。だから私たちは『父親を愛さなければならないが、自分の未来は自分で選ばなければならない』と彼らには話している」と説明した。【翻訳編集】 AFPBB News




2017年07月18日

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コメント

ポアだ

ブログに広告が入っているので、
何か書いてくださいよ、
と思って読んでいたら更新されていました。

私は観念崩壊セミナーで「ポアだ」とか言われ、
車でどこかへ連れて行かれて、
そのときの運転手が元TD師だったような記憶があります。
実はポアでもなんでもなく、また元の場所に戻るだけなのですが、
なんだ、やっぱり、そうだったのかと、
落胆したような、安心したような、気分でした。
サットバレモンはちゃんと準備しているのか、
熱中症になっっちゃうよ、
と元TD師は冷静に心配していたことも覚えています。
ちなみに、ポアと言われた理由は、
アーチャリー正大師を「まだ子供だから」
と言ったことでした。
  • | 2017-07-20 | ライナス URL [ 編集 ]

Re: ポアだ


> 私は観念崩壊セミナーで「ポアだ」とか言われ、

(笑)

> ちなみに、ポアと言われた理由は、
> アーチャリー正大師を「まだ子供だから」
> と言ったことでした。

さすが。

  • | 2017-07-20 | 元TD URL [ 編集 ]

No title

この世ではとんでもないイカサマをくらってしまうこともよくあることだ。
  • | 2017-08-04 | 三橋 URL [ 編集 ]
      

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